第三章
幽霊だって元気に遊ぶ



 曜日毎に姿が変わるという愉快な住人とのファーストコンタクトの日から、およそ二週間が経過。本日の曜日は「水」でありまして、本日の予定は「みんなでプールに行こう」であります。こんにちは、204号室住人、日向孝一です。
 なんでまたそんな事になったのかと言うと、実は本日、大学の入学式だったのです。もちろん僕の。だからその御祝いで、との事なのですが……こういうのって、果たして祝われてると言ってもいいものなのでしょうか?
 ま、なんの変哲もなかった入学式に比べれば面白そうですからいいんですけどね。


 そんなわけで、駐車場に全員集合。お留守番のジョンを除いて、だけど。
 普通に考えれば大人五人に子ども一人、更には小型とはいえ水曜日のペット―――ペンギンのウェンズデーが乗るので、家守さんの軽乗用車では定員オーバーだ。
 だけどもそこはさすが幽霊。
「じゃーこーちゃん助手席ね。あとのみんなは後ろで頑張ってねー」
『はーい』
 指示通りに助手席へと乗り込み、後ろがどうなるのか見ていると、五人、正確には四人と一匹がわらわら乗り込む真っ最中。みんな先に入った人の事は気にかけず、ずいずいと中へ侵入する。
 そう、座っている人をすり抜けて自分も座ればいいだけので、座席スペースには困らないのだ。
 ウェンズデーなんて体が小さいから、もう全身他の人に埋まっちゃってどこにいるのか分からないし。
 ん? 体が小さい………あ、そうだ。
 車の発進でガクンと揺られながら一つ思いつく。
「ウェンズデーと成美さんが誰かの膝の上に座れば、残り三人で普通に座れるんじゃないですか?」
 我ながらよく気がついた。と思ったら成美さんは渋い顔。まあ予想はしてたけどね。
「膝の上などお断りだ。丸っきり子ども扱いではないか」
「じ、自分は異論無しでありますが」
 ああ、そこか。清さんに埋まってるのねウェンズデー。
 その背もたれを使わない前傾姿勢な清さんの胸元を、「余計な事言うんじゃねえ」と睨む成美さん。
 ちなみに成美さんのポジションは大吾と栞さんの間。もちろん間と言っても、左右の両者の腕がきっちり重なってるんですけどね。顔は見えてるけど。
 それはともかく栞さんが苦笑し清さんが自分の胸元を見下げ大吾が我関せずと窓の外を眺める中で、「ひぃっ」と清さんの胸が小さく叫び声を上げてそれきり沈黙。蛇に睨まれたカエル、もとい猫に睨まれたペンギン。うん、分かり辛いね。
「それにそこまでしてきっちり座るメリットが無いではないか。わたし達はこのままでも不便などないのだからな」
 あ、そういうものなんですか。見た目が窮屈そうどころの騒ぎじゃないから、物理的に問題なくても精神的に狭苦しく感じそうだと思ったんですが。
「でも栞、成美ちゃんが膝の上に座ってくれたら嬉しいかも。髪とかふわふわして気持ち良さそうだし」
「お前がよくてもわたしは嫌だ」
 つーん。
 すると栞さん膝に乗せるのは諦めて、そっぽを向いた成美さんの髪を後ろから撫で始めた。左腕は相変わらず成美さんの体と重なってるのに、右手は普通に髪を撫でる。触れるかどうかは結構自由自在なんですね。それがどんな感じなのかは皆目見当もつかないけど。
「や、やめんか。こんなくせっ毛だらけの髪など撫でてもごわごわしてるだけだろうに」
「そんなことないよー。所々飛び出してるおかげでふわふわだよ? こうして触ってるだけで気持ちいいし」
「……ふん。おもちゃにされるくらいならいっそ短く切ってしまおうか」
 髪を褒められてちょっと嬉しかったのか、ぶすっとしながらもちょっと浮ついた口調。しかし成美さんのその返しに栞さんは慌てて手を引っ込める。
「だだ、駄目だよそんなの。切っちゃったらもう伸びないんだから」
 もう伸びない? 髪がって事ですか?
「そうなんですか?」
「うん」
 一頷きすると栞さん、引っ込めて行き場を失っていた右手の人差し指をピンと立てて幽霊マメ知識のご披露。
「ほら、幽霊って基本は年取らないでしょ? だから身長とかもずっと変わらないし、髪とかも伸びないの。だから悪戯でも髪切っちゃうとかしたら駄目だからね」
「し、しませんよそんな事」
 まだやってないどころかそんな事するつもりは毛頭ないのに、なぜか強い口調で釘をさされてちょっとどもる。そのせいで逆に「図星を突かれてあせった」みたいになっちゃったけど、そんなつもりは無い訳だからまあ気にしないことにしよう。
 すると清さんがいつもの笑い声を放った後、
「まあ伸びる幽霊もいるんですがね」
 こんな事を言い出した。うーん、幽霊について知らない事もまだあるんだなあ、やっぱり。
 すると僕なんかよりは確実に知識豊富なその道のプロさんが今日もいつの間にかタバコもどきを口に咥えて……ああそうそう、ちょっと前から家守さん、禁煙を志しているそうなのです。それで今口に咥えてるのは――禁煙補助剤って奴ですかね。見た目はタバコなんですけど。
 でもまあそれは置いといて。
「せーさん自身がそうだもんねー」
 え?
「おかげで今でも朝はまず髭剃りですよ。んっふっふっふ」
「うらやましいなー。栞も一回、髪伸ばしてみたいんだけどなぁ」
 そう言いながら栞さん、自分の髪を指でつまんでくりくり弄る。
 全然知らなかった。うーん、それって例えば成美さんの実体化みたいな特別な事なんだろうか?
「髪が伸びるってつまり、年を取ってるって事ですか?」
「ええ。ただでさえ最年長なのに嫌になりますねえ。んっふっふっふ」
 清さん、嫌と言いつつやっぱり笑う。すると家守さんも微笑みながら、
「嫌だってせーさん、自分で選んだんでしょー。年取りたくて取ってるくせにぃ」
「いやあ、お恥ずかしい」
 喋る度に家守さんが咥えている白い棒は上下し、清さんは照れたように頭を掻く。そこで車は赤信号に捕まり停止。
「え、年取るかどうかって選べるものですか?」
 僕がそう訊いた途端、車内全体がほんわりした雰囲気に。なんだろうこの反応? 僕何かおかしな事言っちゃいましたか?
 すると清さん、
「これが選べるんですよ。と言っても自覚はなかったんですがねえ。私自身、みなさんは髪が伸びないと知って家守さんに相談してみて初めて、自分がそれを選んだと知ったくらいですから」
「へえ……」
 分かるよーな分からないよーな話ですね。自分で選んだのを知らなかったって? 年取りたいなーって思うだけじゃ駄目なのかな。ああ、それだったら栞さんの髪は伸びてる筈か。うらやましいって言ってたし。何か条件があるって事かな?
 信号が青になり、車が発進。重量過多なのか、加速は遅い
「どうすれば年を取るようになるんですかね?」
 と尋ねてみると清さん、
「ん? それはですね………うーん、言うのは恥ずかしいですねえ」
 と座席に背中をもたれつつ腕組み。そうして清さんの上体が後ろに反れた事により、胸の辺りからウェンズデーが出現した。急に窓からの日の光に照らされ、目をしかめる。やっぱり他の誰かの中にいると視界は真っ暗なんだろうか? だとすると、わざわざそんな所にいるって事はウェンズデーって暗い所好き?
「清さんと栞達の違いって何でしょーかっ」
 するとここで栞さんから、ヒントになってるかどうか微妙な助言が。この中で清さんだけが年を取りかつ年を取れるかどうかは選べるって言うのなら、言われるまでも無く他の人と清さんの違いはちらっとでも考えますよ。
 そしてちらっと考えた結果、
「眼鏡をしている」
「そうだけどハズレ〜」
「趣味が多彩」
「それもハズレ〜」
「一階に住んでいる」
「それもハズレ〜」
「もとからそれなりの年だった? 年訊いた事ないですけど」
「年はそうだけど、違うよ〜」
 ふう。
「かすりもしてませんか?」
「うん全然」
「んっふっふっふ」
 惨敗。かと言って尋ねたらすんなり教えてくれるって空気でも無いし、それに何だか悔しい気もするので意地を張って考える。うむむ。
 うむむ………………
 むむ…………
 む……
「教えてもらえませんか?」
 結局つまらない意地は五分と経たずに切れてしまい、尋ねる悔しさよりも答えが何なのかという好奇心が勝る。まあそれでも悔しいと言えば悔しいので、ちょいと表情は引きつってしまうけども。
 しかし、
「機会がありましたら。んっふっふっふ」
 やんわりと断られる。
 それは残念。


「着いたよー。ほらだいちゃん起きてー」
「んが」
 成美さんが弄られたりしてた割に大人しいと思ったら大吾、いつの間にか寝てたらしい。
 ドアに寄りかかっていた大吾が体を起こすと、結局最後まで膝の上に座る事はなかった成美さんがそれに噛み付く。
「人に文句を言ってたくせに、自分も寝るのだな」
「ああ? 椅子に座って寝るくらいいいだろが。別にオレはオマエにもたれかかったり背負ってもらったりしてねえぞ」
 すると家守さん、しょうがない二人だとでも言いたげに鼻で笑うとタバコもどきを車の灰皿に突っ込みつつ手拍子。
「はいはいヒートアップする前に降りて降りて。口喧嘩しにきたんじゃなくて泳ぎに来たんだからさ」
『ふん』
 車を降りる前に一和みした後、トランクからそれぞれ荷物を取り出して建物内部へ。
 室内プールは実のところ初めてなので、年甲斐もなくわくわくなんぞしてしまったりしましてっと。
 受付にぞろぞろと到着してみると、カウンターの向こうで係の女性が驚きの表情。
「え!? 楓さ」
「シィーッ!」
 それになぜか家守さんが慌てて人差し指を口の前に立てると、係員さんも慌てて口を手で抑える。
「あ、も、申し訳ありません!」
 もう慌ててばっかりで何がどうなってるのやら。まあでも名前知ってたみたいだし、だいたい予想は付くけどね。
「お知り合いなんですか?」
 ですよね?
「そーそー知り合い知り合いあはははは。大人二人ねー」
 本当は二人どころじゃないんですけどね。
「は、はい。千二百円です」
 という事で財布から六百円出そうとするが、家守さんから「お祝いなんだからアタシ出すって」とポケットに突っ込んだ手を止められる。もちろん遠慮しようとしたけど、家守さんがさっさと千二百円を出してしまったので諦めてポケットから手を引き抜いた。でもお祝いにしては額が……いやいや無礼者。奢ってもらって文句とは何事か。
「ありがとうございます家守さん」
「いいっていいって」
 チケットを受け取った人も受け取ってない人もいざプールへ。と思ったらその背後、たった今チケットを受け取った受付から意外な一言。
「子ども一人」
 成美さん何を。いつの間にか耳出してるし。
 家守さんの知り合いの係員さんはどう見ても同じグループなのに何故か別払いな子どもにちょっと途惑いつつ、お仕事を遂行する。
「え……っと、三百円です」
 言われた通りに料金を払い、チケットを受け取る成美さん。そしてこっちを向いてみればその顔は、まだ誰も何も言ってないのに「何か文句あるか?」と言わんばかりで。
 ええありますよ。文句って言うより疑問ですが。
「成美さん、どうしてわざわざ……」
「またかよ。相変わらず意味分かんねえな」
 あれー毎度の事ー。
「払えるのに払わないのでは気が済まんのでな。まあいつもの事だ。気にするな日向」
 了解しました。
 もう少し進んで更衣室。男子用と女子用に分かれていたのでいったん二手に分かれる事に。
 なったんだけど、
「……しし、栞殿。自分は一応男なのでありますが」
 自分を抱いたまま更衣室へ直行しつつある栞さんに、オスとしてストップをかけるウェンズデー。
 偉い。
「やっぱりだめ? いやほら、ペンギンだし」
 こらこら。そりゃ一般的な動物に置き換えれば分からないでもないですが本人が困ってますから。人間が作ったルールもちゃんと理解してるんですし。
「ま、まあどっちに行っても着替えないので結局素通りな訳でありますが、一応男性側を希望するであります」
「そう? じゃあ後でね。迷子になっちゃだめだよ」
「大吾殿達について行くので大丈夫であります」
 という事で栞さんから大吾にウェンズデーが手渡され、そんな可愛らしい動物を抱えたちょっとコワモテな兄ちゃんに先導されて更衣室へ。
 季節と曜日と時間の関係からか、結構な広さの割に人は少ない。ここから確認できるのは三人と一匹だけ。つまり僕達だけ。
「これなら中も貸し切り状態かもしれませんねえ。周りを気にせず思いっきり泳げそうですよ。んっふっふっふ」
「もう少し時間が経ったら人も増えるかもしれませんけどね」
「つーか結局ここってウチからどんくらいなんだ? 寝てたから時間が分かんねえ」
「車で三十分くらいであります。道が空いてた事もあるでありますが、そんなに遠くではないと思うであります」
「へえ、んな近くにこんなとこあったのか。知らなかったな」
「最近オープンしたばかりなのではないですか? どこもかしこも真新しいですし」
 そう言われて人気の無さばかりに目が行っていた辺りの様子を再度確認してみる。確かに床も壁も個室のドアも、何もかも新品なようだった。
 僕の地元の市民プールなんて古くなって色が変わっちゃった張り紙がずっと貼ってあったりとか、床のタイルが割れ放題だったりとか、個室のドアが外れかかってたりとかでここに比べたら酷いものだったし。って比べる対象がまず過ぎるかな。
「まあとりあえず着替えましょうか」
 着替える必要の無いウェンズデ―に大吾が待機命令を出した後、それぞれ個室でがさごそ。着替えが完了したらいよいよ四人揃ってプール内部へ。そして発した室内プール初体験な僕の第一声は、
「広っ!」
 でした。ちなみに第二声は「高っ!」
 我ながらとてもシンプルです。
 その言葉通りに「ここは本当に室内なのか」と疑いたくなるほど広く、そして天井がとんでもなく高い。なぜそんなに高いのかと言うと、多分あの巨大なウォータースライダーを設置するためなんだろう。ええもう高いですよ。見上げただけで生唾を飲み込んでしまう程に。ゴクリ。
「ガキみてーな反応だなオマエ」
 無視して再度ゴクリ。
「家守さん達はまだお着替え中のようですね」
 ぽけっとしてる僕とは違って辺りを見回し、女性組がまだ更衣室から出てきていないと冷静に判断する清さん。さすが大人―――って言うほどの事でもないか。えぇえぇ大吾の言う通りですよガキですよ。
 するとウェンズデー、羽をぱたぱた上下させながら、
「みなさんまだでありますかね? 早く泳ぎたいであります」
「先に行っててもいいんじゃない?」
「そうしたらきっと栞殿に『抜け駆けだ』と非難されるのであります」
 ぱたぱた。
「喜坂さんは泳ぐのがとても好きですからねえ。んっふっふっふ」
「そのくせして何やってんだあいつら?」
 やっぱり男よりは着替えに時間が掛かるって事じゃないかな?


 残りの三人が通ってくるであろう通路をじっと眺めながらうずうずぱたぱたし続けるウェンズデーを見て和みながら暇潰し。なんだか並んで一緒にぱたぱたしたい気がしないでもないけど大吾と清さんにどんな目で見られるのかと想像するとやっぱ止めとこう。
「あ、来たであります」
 という声とともにウェンズデーの羽がストップしたので通路のほうを見てみると、三人揃ってご到着。
 黒のビキニ。ピンクのセパレーツ。白のワンピース。みんな普段着と色同じ。なのでどれが誰だかは……えーと、外見の年齢に比例して露出度が高くなってますって事で。
 そんな訳で男女別最高齢の二人は。
「家守さん、まだまだ若いですねえ。……なんて言ったら妻に怒られてしまいますか。んっふっふっふ」
「あっはっはっは! アタシもこの格好ダンナに見られたら怒られるかも。『年が年なんだからもうちょっと控えめにしろー』とか。でも水着これしか持ってないんですよねー」
 一方、集団の中で一番大きい人と一番小さい人(ペンギン除く)のペアは。
「………ああ、あまりじろじろ見るな。恥ずかしいではないか」
「自意識過剰なんだよ。恥ずかしがるような要素がどこにあるってんだ?」
「無いのが恥ずかしいのだ! 全くお前は毎度毎度……」
 そして最後、残りの三人は。
「広いねー! 人も全然いないし、これなら思いっきり泳げそう!」
「楽しみであります!」
「え、でも人いないって言ったって監視員とかは?」
「楓さんに訊いてみたら全員見える人なんだって。だから水しぶきとかガンガン立てても大丈夫なんだって」
 果たしてそんな上手い話があるんだろうか。確か見える人って珍しい筈じゃ?
 しかも、もしそうだとしても今度はウェンズデーの存在が問題になってくる訳で。
「ぜ、全員見えるって、自分はここにいて大丈夫なのでありましょうか?」
 そう。幽霊が見えるって事はこのペンギンが見えるって事なのです。ここは水族館じゃなくてプールなのに、です。
「それも気にしなくていいから思いっきり泳いできていいよって言ってたよ。理由は知らないけど」
 そんな馬鹿な。ペンギンが泳いでる事を異常だと思わない監視員って、一体何を監視してるんですか? 座ってるだけ? 給料泥棒ですやん。やん。
 すると騒ぎを聞きつけた家守さん、大吾の後ろで恥ずかしがってる成美さんとはいろんな意味で対照的に堂々と近付いてきて、
「いや本当、ウェンズデーも気にしなくて大丈夫だよ。受付のお姉ちゃんだって見える人なんだし、ペンギンが駄目なら最初っから追い出されてるって」
 受付の人も? どういう事だろう。ペンギンが駄目なのはもちろん、お金払わずに入っちゃった人が三人もいるんですけど。全員見える人とかペンギンOKとか、ここは一体どうなってるんでしょうか?
 しかし栞さん、家守さんを信頼してかそれとも深く考えていないだけなのか、
「ね? 大丈夫でしょ? ではいざ泳ごう!」
 ウェンズデーを抱えてプールに特攻。
「ほ、本当に大丈夫でありまっ!」
 ざぶーん。ばしゃーん。わー楽しそう。
 するとそれを見た近くの監視員さんメガホン持ち上げ、
『流れるプールは飛び込み禁止ですよー』
「あ、ごめんなさーい」
「ごご、ごめんなさいであります」
 ………えぇー。
 いや、注意自体はごもっともですけど、その女の子生きたペンギン抱えてるんですよ? しかもそのペンギンが日本語喋ってるんですよ? もうちょっと突っ込むところが別にあるんじゃないですか?
 するとその様子を見ていた清さんが、
「なるほど、だいたい想像がつきましたよ。ここを建てたのは家守さんの旦那さんの家ですね?」
 おや、意外なところからダンナさんの話が。しかしどうしてまた?
 すると家守さん、苦笑を浮かべて頬を掻く。
「ありゃ、ばれちゃった? 実はそうなんだよねー。でもせーさん、なんで分かっちゃったの?」
「受付の女性、我々が見えているにも拘わらずお金を払わせずに通しましたよね? ならば考えられるのは、『私達が幽霊だと知っている』という事です。しかしただ幽霊が見えるだけなら我々を幽霊とは思わないでしょう? あまくに荘に来た初日の日向君のように」
 ごもっともで。
「その上ウェンズデーです。万が一彼女が家守さんと同じ霊能者で私達を幽霊だと気付いたとしても、ペンギンがいればさすがに止めるでしょう。しかし彼女は止めませんでした。家守さんの『大人二人』を了承してね。もし見えるだけの方だったとしたらそれに加えて私達全員に入場料を求めた筈ですし、どちらにしても余程家守さんの『大人二人』を信用したようですね。ウェンズデーにのんびり飛び込み禁止と注意している監視員の方も含めて」
 プールの入口でなんでこんな事になってるかは知りませんけど、とにかくみんな清さんの推理に聞き入る。繰り返しますが、プールの入口でなんでこんな事になってるかは知りません。
「それと最大の理由はやはり、ここの方がみんな揃って見える人だという事です。普通に考えてそんな偶然は有り得ません。ならばそういう人達が故意にここへ従業員として集まっているという事になりますね。更に受付の女性は家守さんを知っていました。家守さんを知っている見えるだけの方々の集まり、と言えば旦那さんの家しか思い浮かびませんでしたので」
 みんなが固唾を飲んで見守る中、清さんの推理が終了。
 いやはやお見事。拍手を送りたいくらいですよ。しかし家守さんはにやりと笑うと、
「でもせーさんが知らないだけで、もしかしたら他にもそういう集まりと関係あったりしちゃうかもよ?」
 そう言った直後に「まあ最初に正解だって言っちゃったから何言っても手遅れだけどさ」と苦笑い。もしかして負け惜しみってやつでしょうか?
 すると清さん眼鏡クイッ。
 いやそろそろ外しましょうよ。水の中に入るんですから。
「では最後にもう一つ。受付の女性、『楓さ』まで言ったところで家守さんに慌てて止められていましたね? どうして止めたんですか家守さん? んっふっふっふ」
 勝利を確信した清さんが一笑いすると、家守さんは逆に敗北を確信して溜息一つ。
「はぁ………完敗だよせーさん。だってさー、みんなの前であんなの恥ずかしいじゃん。アタシのガラじゃないしさー」
 あんなの?
「楓様、ですからねえ。気持ちは分かりますよ」
 様? さんじゃなくて?
 すると大吾とその後ろの成美さんが、
「成程。要するにここの者は皆、あの家の雇われか」
「デカイ家に嫁に行ったんだから、周りから様付けされんのもしゃあねえだろ。つってもまあ、確かに似合わねえけどな」
 ああなるほど、そこまで大きな家だったのか。
 ……なんだかすごい話だなあ。楓様って、漫画みたいだ。
「似合わないって、失礼だねーだいちゃん。降ろしてあげようかぁ?」
 と言って親指を自分の胸にとんとんと当てる家守さん。多分降ろすっていうのは自分の体にって事なんだろう。すると、以前それをされた経験があると言っていた大吾は動揺。
「なっ、テメエさっき自分でもそう言ったじゃねえかよ!」
「女の子はねえ、こういう時は『そんな事ないよ』って慰めて欲しいもんなのっ! ねー、なっちゃん」
「知るか」
 そっけなくぷいと横を向く成美さんに、「冗談だって」と家守さん苦笑い。
 ま、それはいいとしてそろそろ泳ぎませんか? もう栞さんとウェンズデーは流れるプールを一周してきましたよ。とても楽しげに。
「みんなまだそこにいたのー?」
 そうですね。
 では参りましょうかとようやく歩き出したその時、背後から成美さんの声が。
「怒橋。これ頼む」
 大吾本人はもとより、呼ばれた大吾以外の三人も振り向く。するとそこには注目を集めてしまった事に恥ずかしそうな表情を浮かべながら、薄っぺらい輪っかを差し出す成美さんが。
 浮き輪ですか。
 つまり大吾に膨らませってですか。
「毎度毎度オレにやらせねーでたまには自分でやったらどうだ?」
 と言いつつ手は伸ばす。いつもやってるおんぶと同じような扱いって訳ね。

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