「またお越しくださいませー」
 来た時と同じ女性に受付でそう挨拶され、「またくるよー」と返す先頭の家守さんを筆頭にそれぞれ軽く頭を下げながら退館。他の客でも同じような挨拶はするんだろうけど、やっぱりなんて言うか知り合いの知り合いは知り合いみたいな感じ? ついつい頭も下がってしまう。
「楽しかったね、孝一くん」
 外に出ると、栞さんが話し掛けてきた。その腕の中にはやっぱりウェンズデー。
「そうですね。いいもの見れましたし」
「いいもの?」
「清さんとの競争。凄かったじゃないですか」
「そ、そうかな? そう言われるとちょっと恥ずかし―――ちょっとみんな、どうして離れていくの?」
 駐車場の車へとまっすぐ向かっていた筈なのに、なぜか不必要に離れていく。そういうのはもういいですってみなさん。ウェンズデーもバタバタしないの。
 栞さんに呼ばれて戻ってくるみんなの顔に、罪悪感は全くなさそうだった。家守さんに至っては罪悪感どころかにやけてるし。
「も〜、アタシ達の事は気にせずに続けてくれればいいのにぃ」
「いや、離れていくから気になるんですって」
「これも住民同士の親睦を深めるための気遣いなんだけどなぁ」
「二人だけでじゃなくてもいいでしょうに」
「まあまあそう硬い事言わずにぃ」
 硬い事を言ったつもりは全くないです。むしろ硬いのはそちらではないでしょうか? なかなか諦めてくれませんし。
 すると栞さん、家守さんの言ってる意味が分かってるのか分かってないのか、
「そんな気遣いしてもらわなくても、もう充分親睦は深まってますよ楓さん」
 とのん気な笑顔。仰る通りでもあるんですけどね。毎日顔合わせてるし話だってしょっちゅうしてますし。
 そんな栞さんに家守さんは、毒気を抜かれて苦笑い。
「あはは、しぃちゃんにゃあ敵わないね。そかそか、充分ですか」
「ですよ」
 にこにこという擬音が実際の音になって聞こえてきそうなくらいの屈託のない笑みに、それを向けられた家守さんの後ろから呆れた溜息×二。
「マジで言葉の意味そのまんま受け取ってんのかコイツは」
「喜坂の事だ、仕方ない。……とは言えやはり脱力するものがあるなこれは」
「んっふっふっふ」
 報われない努力、ご苦労様でした。こちらとしても報いるつもりは今のところ毛程もありませんので今後ともご容赦くださいませ。
「成美ちゃんも大吾くんも、どうしたの? 疲れちゃった?」
「まあそれで間違いはないと思うであります。こういう事に疎い自分がいうのもなんでありますが」
「こういう事って? うーん、どうしちゃったんだろ」
 こちら様も報いるつもりは毛程も……いや、毛先程もなさそうですね。
 首を捻る栞さんに一層お疲れ度を増してしまった二人を見て、ついつい栞さんへ「グッジョブ」と親指を立てる僕でありました。心の中で、ですけどね。


「さーて乗った乗った。また『すし詰め』の時間だよ〜」
 行きと同じくトランクに荷物を放り込むと、やっぱり行きと同じくぞろぞろととりとめもなく乗り込む。とりとめる必要がないからそれでいいんだけどね。
 という事で一見ぎゅうぎゅうな軽、発進。
 少し走ったところで信号に引っかかり、何となく後ろを振り返ってみると、
「あれ、みんな寝ちゃってますね」
「お疲れなんでしょう」
 清さん以外、全滅。そのせいで体が傾いたりして余計に重なり合い、行きの時よりも更にゴチャゴチャ度が増していた。
「こーちゃんも寝てていいよ? また三十分くらいかかるし」
 家守さんに言われて自分の状態をスキャニングしてみると、成程確かに寝れそうだ。泳いで疲れたのもあるけど、エンジンの微妙な振動がそれに輪を掛けて眠りを誘ってくる。
「そうですか? じゃあお言葉に甘えて」
「お休みー」
 目を閉じて少し姿勢を崩すと、あっとも言えない間に首から力が抜けてきた。


 どれくらい眠ったのか車の振動に目を覚ますと、目の前に何やら黒い突起物のどアップ。
 近すぎて黒すぎて目がぼやけて何か分からない……とぼんやりしていると、
「あ、起きちゃったか。残念」
 正面から家守さんの声がして黒い物が引っ込んだ。その向こうの窓の外には見慣れた感じの住宅街が――――ああそうか、もう家に着いたのか。で、残念ってなんですか? さっきの黒いのは何ですか? ぼやけた視界が晴れるにつれ、家守さんが右手に掴むその黒い物にかかったモザイクも消えていって―――表れたのは、黒のマジックペン。あのラベルは見たことあるな。たしか油性だったはず。
「何しようとしてたんですか?」
 訊くまでもないですけどね。むしろなんでそんな物車内で持ってるんですか。
「いやさ、こーちゃんがこっちに顔向けてすやすや寝てるもんだからまぶたに目玉書いちゃおうかなって。危なく本物の目玉突き刺すところだったよ。あはは」
 冗談は悪戯だけにしてください。本物はいくらなんでも勘弁ですよ。
「となると、こちらも起こさないほうが得策ですか?」
 その声に、まだ少しぼやけが抜け切らない目をこすりながら後ろを見てみる。すると、相変わらず清さん以外の三人と一匹は重なり合って眠りこけたままだった。
 起こさないほうを主眼にして問い掛けるなんて、結構ワルですね清さんも。
 清さんの進言を聞いた家守さん、振り返りながら小声で楽しげに口を開く。
「お、みんなも寝たまんまかぁ。あーでも女の子は可哀想だからねぇ。よしこーちゃん、やっちゃえ!」
 女の子は可哀想。そして僕に渡されるマジックペン。そこから導き出される答えはまず間違いなく、家守さんから届き難そうな左後部座席に座っている大吾を狙えという事だろう。
 サーイエッサー。
「で、どうします? やっぱり額に肉ですかね?」
「まあまずはそれで様子見だね。もしそれでも起きなかったら次考えよう」
「分かりました」
 できるだけ負担をかけないよう、先端だけを当てるつもりでペンを近づける。が、近付けば近付くほど手が震えてこれではただのくすぐり棒。一旦手を止め気を落ち着ける。すると何やら変態チックな興奮が高まってきましたが、それも含めて落ち着ける。なんせ手が震えていたら字がまともに書けないので。
「んぁ。……なんだ、着いたのかぁ……」
「んむぅっ!」
 集中しているところへ急に目覚めた成美さん。反射的に声のボリュームは落とせたものの、口をつぐんだせいで妙な驚き声になってしまう。
「ん? 日向、何をしているのだ?」
 極めてもっともな質問に、僕の代わりに清さんが応える。
「見ての通り落書きですよ、哀沢さん」
 成美さんの目つきが凄い悪いんですけど、寝起きなせいですよね? 怒ってる訳じゃないですよね? これまた見ての通り、狙いは大吾ですからね。成美さんじゃないですからね。近いけど。
「そんな訳だからなっちゃん、起こさないようにちょっと静かにしといてねー」
「うむ」
 同意を得られたところで今度こ
「うぅ……ん。あれ? もう着いてたんだ」
 さすがに二度目は驚きませんでしたが、高まった緊張が一気に抜け、溜息となってその場の全員から漏れ出した。なんとタイミングのいい事で。
「あれ? 孝一くん、何してるの?」
「見ての通り落書きですよ。喜坂さん」
「だからしぃちゃん、ちょっと静かにね」
「うん。あはは、大吾くんかわいそ〜」
 先程と同じ展開の後、三度目の正直という事で今度こそ。大吾が起きるなんて展開にはなりませんように。
 震えの収まった手をそろりそろりと近づけて、ついに皮膚へ到達。あとは慎重に、かつ素早く肉の一文字を描くだけ!
「出来上がり〜」
 そう小声で宣言するも、起きる様子はまるでなし。額に燦然と輝く肉マークに車内中が押し殺した笑い声で満たされる。
 ぷくくくくく。
「怒橋君、まだ起きませんねぇ。んっふっふっふ」
「よしこーちゃん追加だ。とり肉にしちゃえ」
「よく分かりませんが、分かりました」
 こうして「肉」に二文字加えて「とり肉」に。でもまだ起きない。
「よし、じゃあ今度はわたしが……」
「じゃあ栞も……」


 そんなこんなで、静かに車外へ出た後の様子。
「ちょ……くくく、そ、その顔でこっち見るな馬鹿者。息が、息が苦しくくくくく」
「…………」
「大吾く、あはは、はぁ、はぁ……くく、唇とか、あは、あははは」
「…………」
「いやぁ格好良いですよ怒橋君。んっふっ、ぶっ」
「…………」
「いや本当、ふ、そ、そんなになるまでよく起きな、ぷふふふ」
「…………」
「だいちゃ、だいちゃあはは、もももうなんかもう、あはははは」
「………ウェンズデー、なんかオレの味方はオマエだけみてーだ」
「むにゃ………う〜ん、魚ぁ……でありますぅ…………」
 栞さんの腕の中で、世にも珍しいペンギンの寝言。まあ喋ってる時点でーなんて今更な事は置いといて、それを耳にした家守さん、今思い出したかのように慌てだす。
「あ、そーだそーだ! ウェンズデーに魚買ってあげるって約束してたんだったー!」
 もちろんわざとらしさ丸出し。それが精一杯の演技なのか、それとも大吾をおちょくってるのかは家守さん本人のみぞ知るところである。
「待てやヤモリぃ! これどーせオマエか成美の仕業だろ!」
 自分の顔が現在どうなってるかは車のバックミラーで確認済みな大吾、立ち去ろうとする家守さんを呼び止める。仕方がないけどお怒りの様子。
「わたしがこんな幼稚な事思いつく訳がないだろうがぷっ! こ、こっちを向くなと!」
 思いついてはいませんが、流れに乗じて「肉」を「腐」にしたのは誰でしたっけ? なんですか「とり腐」って。
 いやまあウェンズデー以外全員参加なんですけどね。
 清さん。メガネの絵が落書きのレベルじゃないです。上手過ぎます。
「じゃあやっぱテメエかぁー!」
「行ってきまーす!」
 さっさと逃げだした家守さんを追おうとする大吾に、成美さんが一言。
「ジョンの散歩がまだだろう? そっちを優先してやったらどうだ」
「ぬぐ……仕方ねえな」
 仕方ないそうで。でもその前に顔何とかしようよ。
 家守さんへの怒りとジョンの散歩という情報で頭がいっぱいになった大吾が、その顔のまま散歩へ出発、帰ってきたところをみんなで出迎えて笑ってあげたのは夕暮れ時の話。


「へー、こんな料理もあるんだねー。なんていうのこれ? 凄く美味しいよ」
「見たまんま『豆腐の肉乗せ』です。僕の好物なんですよ」
「ホットプレートとかあったら一気にたくさん作れそうだね。アタシ買ってみようかな」
「それ以外でも便利ですからねぇ。すき焼きとかなら鍋無しでできますし」
「ところでさ、孝一くんみたいに自分で料理できたら好きなものばっかりになっちゃわないの? 例えば今日のこれとか」
「うーん、そうでもないですねぇ。頻度は高くなるかもしれませんが、そればっかりだとさすがに飽きますし」
「好物かぁ。そういやあの人、好物ってなんだったっけ……?」
「あの人? ダンナさんですか?」
「うん。どこで何食べても美味い美味い言っててさー、結局何が好物なんだろ?」
「あえて訊かずに色々食べてもらって探ってみるのも面白いかもしれませんよ。料理するのも楽しくなりそうですし」
「あはは、さすが孝一くん。料理できる人は考える事が違うね。栞だったら面白いどころか『これも違うの!? あと何作れたっけ〜!』っていっぱいいっぱいになりそうだよ」
「あ、アタシもそうなりそう。うっわ、どーしよ………」
「ま、まあとりあえず基本さえ押さえておけばあとは料理の本買うとかでなんとかなると思いますけど」
「そういうもんなのかねぇ。今度買ってみようかな」
「えー、でもそうなったら楓さん、この料理教室卒業になっちゃうんじゃないですか? それはちょっと淋しいなあ」
「ああいやいやまだそんな。それにアルバイトとして雇っちゃったし、一月もしないうちにいきなりお役御免なんて事はしないよ。仕事内容は最高だしね」
「そ、それはちょっと褒め過ぎですよ〜。…………そう言えば最初は『仕事が早く終わった時にでも』って言ってましたけど、結局毎日来てもらってますよね」
「んー、苦手意識はあったけどやってみたら楽しいしさあ。それに一人でやってる仕事だから、日毎の切り上げ時も結構自由だし」
「ダンナさんと一緒になったらお仕事はどうするんですか? 二人で一緒に?」
「いんや、そうなったら引退して主婦業に専念するつもりだよ。そのために今修行中の身なんだし」
「あ、そっか。ん? でもそうなったら結局ここは卒業ってことなんじゃあ」
「申し訳ないけどそうなるねえ」
「ダンナさんが帰ってくるのっていつ頃なんですか?」
「今年の夏……の終わりくらいかな。それまでお世話になります」
「いえいえこちらこそ」
「それはそーとしぃちゃん」
「はい?」
「アタシが出てって二人っきりでもいいじゃ〜ん。いやむしろそっちのほうがいいかなぁ〜?」
「へ? えっと」
「またそんな話ですか」
「うーん、でも栞一人の面倒を見てもらうとなると、余計孝一くんが大変そうなんだけど………」
「いやしぃちゃん、料理の話はこの際置いといてだね」
「あれ、違うんですか?」
「若い者同士でまあその、色々とだねぇ」
「えーと……ほぇ!? あ、あああのそれってどういう」
「料理の話でいいですよもう………」
「ここまで言わないとしぃちゃんには通用しないんだねぇ〜」
「え、や、だって全然そんなつもりとかないですし! あぇ〜、こ、孝一くんもだよね?」
「そうですね」
「ありゃりゃ二人ともつれないねぇ〜。おばちゃんつまんないなぁ〜」
「つまんなくて結構です。その分料理を楽しんでくださいね。ここに来た時は」
「そうだよねお料理楽しいよね豆腐の肉乗せ美味しいし!」
「しぃちゃんひっくり返す時に上のお肉すっ飛ばしてたもんねぇ〜」
「そしてそれが僕の顔に直撃しました」
「う。ご、ごめんね」
「いえ、話に乗っただけで別になんとも思ってませんけど………」
「ふふ。さてさて話が長くなっちゃったけど、料理が冷めないうちに食べちゃいましょうかお二人さん」
「家守さんがそれ言いますか……ま、いいですけど」
「なんだかんだでやっぱり楽しいですもんね。集まってご飯食べるのって」
「切り替え早いですねぇ栞さん。その通りではありますが」
 ついさっきまで慌てふためいたり謝ったりしてたのに。こういうのって「調子がいい」って言うのかな? 言葉の響きではあんまり褒めてる感じではないけど、栞さんはなんて言うか――――家守さんに釣られ過ぎかな? いや、でも。
 ……僕はもしかして、栞さんの事が?
「おやおや? どしたのこーちゃん? しぃちゃんの顔じっと眺めちゃって」
「え? あれ、何かな孝一くん。……もしかして、栞の分も欲しいとか?」
 ついうっかり一時の感情に流されて栞さんの横顔を観賞してしまっていると、家守さんに目聡く見つかってしまった。しかし、幸運な事に当の栞さんは素っ頓狂な勘違いをしている。栞さんらしく。
 そりゃあ僕はこの豆腐の肉乗せが大好物ですけどね、他人様の分を頂こうなんてそこまではさすがにしませんよ? もし欲しがるにしても、無言で眺め続けるなんてそんな威圧的なおねだりは控える所存です。
 ………でも、じゃあなんなんだと訊き返されたら困るので……
「良ければ、そうしてもらえると嬉しいです」
 そういう事にしておいた。
 ありがとうございます。妙な思い違いをして僕に逃げ道を与えてくれて。
 すると栞さん、自分の皿の上に一つだけ残った豆腐の肉乗せとにらめっこ。時間にして五秒ほど「う〜ん」と唸ると、今度は「ん!」と何かを決心。そして、
「じゃああげるよ。今日は孝一くんのお祝いの日だもんね」
 そう言って盛り付け的には少し寂しい皿を僕のほうへと差し出すと、
「大学入学おめでとう、孝一くん」
 賛辞を送りながらにこりと微笑む。
 そう言ってもらえるのは嬉しい―――んですけど、贈り物がなんて言うか、しょぼい? いやいや、自分でくださいって言っておいてそりゃないよね。
「ありがとうございます。ありがたく食べさせていただきます」
 卒業証書でも受け取るかのように、両手を差し出し頭を下げ、仰々しく好物を賜る。
「お、大袈裟だなあ。そこまでしなくてもいいよぉ」
 まあ、そう言わないでください。ただのおふざけでこんな事やってるんじゃないんですから。
「こーちゃん、それで誤魔化せたつもりかな?」
 ぎくーん。
 ―――と内心では思いながら、表面上は未だに仰々しい受け取りの最中。天を向いた両の手の平の上にまだ少し温かみの残る皿の感触を確かめると、まずは下げていた頭を上げ、次に掲げていた両の手を下げ、そして機械的に体の向きを自分の食卓スペースに合わせると、最後にその食卓へと皿を降下させて、記念品授与完了。
 一応授与式に付き合ってくれていた栞さんは、こちらが動作を完了するまで家守さんへの返事を待ってくれていた。そして左手にあと少しだけ米が残った茶碗、右手に箸を構えつつ、家守さんのほうへと顔を向ける。
「誤魔化すって、何がですか? 楓さん」
 当たり前のように勘違いしたままな栞さんが家守さんに向けるその顔は、当たり前のように傾げられる。
 それに家守さんはふっと溜息のような笑いを一つ溢し、
「さあてね。ま、それはともかく入学おめでとう、こーちゃん。アタシは意地悪だからあげないけどね、豆腐の肉乗せ」
 正直、あまり欲しくはなかった。この流れで家守さんからというのは不吉過ぎる。
「気持ちだけくれるんでしたら気持ちだけ受け取っておきますよ。ありがとうございます、家守さん」
 わざと嫌味ったらしくそう答え、頂いた好物を頬張る。ああ美味しいなあ。
「キシシシシ。ま、大学始まったらいろいろ忙しいだろうからさ、精々時間は有効に使う事だね。こーちゃんが現状維持でいいってんなら別にいいけどねー」
 ……好物を食べている間くらいはそういうの無しにしてくれると嬉しいんですけどね。期待するだけ無駄だろうからしてませんでしたけど。
「楓さん、さっきから何の話なんですか?」
「んー? こーちゃんが大学行っちゃったらその分だけここにいられる時間が短くなるからさ、今まで以上に仲良くしてあげましょうって話」
「ああ、なるほど」
 なるほどじゃないですよ栞さん。
「それあじゃあ孝一くん。今まで以上に、これからもよろしくね」
 本当にこの人は、全くもう………
「はい。こちらからもよろしくお願いします」
「うん」
「しっしっしっし」
 こんな管理人さんと、こんな隣人さんと、あんな皆様方に囲まれる生活もスタートから二週間ちょっと経ちました。そして、明日から僕の生活はちょっとだけ変わります。
 と言ってもまあ、どうせこのあまくに荘での生活はそんなに変わらないんだろうけど―――


 ああ、家守さん。あなたのせいですよ?
 ちょっとくらいは変わったほうがいいのかな、なんて、栞さんを見るとついつい思ってしまうのは。

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