眠る事が、恐ろしくて堪らない。目が覚めた時、そこがこの世である保障など全く無い。
ここは病院の一室。目の前には抜け殻の私。その抜け殻に毎日会いに来るあいつ。私が寝ているのをいい事に、恥ずかしい台詞を並べ立てるあいつ。
残念だけど、全部丸聞こえだから。
……なんでもっと早く言ってくれないの? 私は、聞こえてても返事ができないのよ? それがどんなに辛いか分かってるの? そういう台詞は返事ができる時に言いなさいよ。バカ。
あいつが帰って、私は私と二人きりになる。これも毎日の事。
……バカ、だって。おかしいよね。それはあんたも同じじゃない。どうして、伝えられる時に伝えなかったの? あんたがあいつをどう想ってるか、私は全部知ってるのよ? あんたも、あいつも、こんな事にならないと素直になれないの?
……私の身にもなってよ。
この一人だか二人だか解らない夜を経て、あの時間がやってくる。
――嫌だ。怖い。眠りたくない。まだ、私は……
そんな毎日を繰り返し、ある日。すぐ隣から私の名前を呼ぶ声がし、それのおかげで目が覚めた。真っ先に視界に移ったのはいつもの白い天井ではなく、私の顔を覗き込む、あいつの涙顔。
あれ? ……私が見えてるの?
何がどうなったのか。状況を把握するより早く、あいつが私に抱き付いていた。患者服越しではあったけど、久方ぶりの人の感触。それによって、混乱していた私の頭は落ち着きを取り戻す。
そうか、私はようやく、一人の私になったんだ。
押し付けられる、「あいつ」の体。でも、私を見てくれるようになったのなら「あいつ」はもう止めにしよう。また、名前を呼び合おう。……それ以外に言いたい事だって、少なからずある。私は私に素直になれと言い、素直になれと言われたのだから。
――でもそれより先に、何より先に、肩口に押し付けられたその顔へと、私は一言呟いた。
「バカ」