「であれば、随分な偶然もあったものですねえ」
「ぐ、偶然? ですか?」
 声を出すのを忘れた、という別の件を考えていたこともあって、魂蔵のその想定外の反応には余計に狼狽えてしまう田上。
 が、魂蔵は微笑みを動じさせない。
「ええ。だって、先程の話だと鬼さん方に言われたことがヒントになって思い付いたんでしょう? まさか鬼さん方が田上君のことをそう詳しく知っているなんてこともないでしょうし、だったら結構な偶然じゃないですか。アドバイス――だったのかどうかはともかく、こうも的確に田上君の良さを捉えた一言をくださったのは」
「ま、まあ、そうなりますかね……」
 実際にその一言を告げてくれたのは鬼ではなく、しかも実際に戦った相手として田上のことを知っている相手であり、そのうえ本人は皮肉のつもりだったにせよあれは間違いなくアドバイスとしての言葉だった――ということで、結果以外は何から何まで嘘に塗れてしまっていることに、田上は後ろ髪を引かれる思いだった。
 が、それだけが感想というわけでもなく、
「良さを捉えて……ます?」
「ますとも」
 尋ねてみたところ、迷いなく頷いてくれる魂蔵。嬉しくもあるが、しかしだからこそ、後ろめたさが強まりもする。
 ――…………。
「魂蔵さん、ちょっと申し訳ないんですけど」
「ん? どうかしましたか?」
「……先に、その、真意さんに話したいことが……」
「おやおや? ご指名かい?」
 魂蔵よりも先に愛坂の方が反応してみせるが、しかし田上のこの唐突な要求に対し、驚きや訝りといった色は見せず――というか、これまで通りの気だるそうな笑みを浮かべたままである。
「ふむ、分かりました。では何にせよ、まずはここから出ましょうか」

 行きの時と同じく、魂蔵のその声を合図に、田上達は「愛坂の夢」から現実へと戻ってきた。
 それに際して、夢の中で負った身体の痛みも綺麗に消え去った――とはいえ、田上達は元々霊体の身。故に、痛みはもちろん怪我を負っていたとしても、元々あまり影響があるわけではないのだが。
「んじゃ田上くん、後でそっちに……ええと、田上くんの部屋でいいのかな?」
「あ、はい」
 というのは勿論、愛坂が一人で田上の部屋を訪れる、という話なのだろう。愛坂に話したいことがある、と言いはしたものの、愛坂に「だけ」とは言っていなかったのだが、そこはどうやら言わずとも察してもらえたらしかった。
 こうなった時点で当然ながら魂蔵にもその意図は伝わっているのだが、それでもやはり、はっきりと口にしないで済んだと安堵してしまう田上だった。
「すいません、わざわざ」
「なんのなんの、頼ってもらえりゃ年長者冥利に尽きるってもんだよ」
 そういうものなのか、と思わせられる田上だったが、とはいえ愛坂の年齢を知っているわけではない。幽霊は年を取らない、という時点で既にややこしいのに、普段から他人の身体で過ごしている愛坂については最早語るまでもない。
 ――つってもまあ、実は俺よりも年下だった、なんてことはないだろうけどな。それに……。
「そんじゃ、また後で」
 ――もしそうだとしても、別に何がどうなるってわけじゃねえだろうし。
 魂蔵の手を引いて道場を後にする愛坂を見遣りながら、彼女への尊敬の念を再確認する田上だった。

「いやーん男子の部屋にお呼ばれしちゃったー」
「どういう反応を求めてるんですかそれは……」
 いつもの気だるい笑みにとてつもない棒読みを乗せてやってきた愛坂を、呆れ交じりに迎え入れる田上。
 ……もしかしたら、こちらがどういう話をしようとしているか、ある程度察しているのかもしれない。
 ――っていうのは考え過ぎかな、やっぱ。
 それはともかく。
「で、なんであたし?」
 差し出した座布団に腰を落ち着けるや否や、やっぱり表情を変えないまま、愛坂は尋ねてきた。
「その前に、これから話すことなんですけど」
「ああ、勿論誰にも言わないよ?」
「……いえ、言うかどうかを、真意さんに判断してもらいたいんです」
「おう、成程そう来たか」
 と、特に何でもなさそうに受け答える愛坂だが、田上としてはそれで済ませられるものではない。
「そんなもん人任せにしないで自分で考えろって話なんでしょうけど、俺、頭悪いですし――っていうのも逃げなんでしょうけど、そう自覚したところで頭が良くなるわけでもないですし……」
「はっはっは、本当に頭悪い奴はそんなこと言わないさ。遠慮せずに、ささどうぞ」
「……ありがとうございます」

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