「宜しいが、だよ。田上くん」
 田上の鼻先に愛坂の指が突き付けられた。
 敵である荒田に対して、好意的――とまではいかないのかもしれないが、何であれ愛坂からすれば耳障りの悪いであろう話を肯定されて驚いていた田上は、強制的に意識をその指先に向けさせられる。
「中々に地獄だぜ、そりゃ」
「へ? 地獄?……って、何の話ですか?」
 ぶに。
 鼻先の指が、そのまま鼻を突いてきた。
「『案外良い奴なのかもしんない。けど今まで通りに殺し合う』って話」
「…………」
 殺し合う。
 愛坂らしからぬ物騒な物言いだが、しかしその通りだった。
 人間離れした膂力を持つ修羅同士の戦いは、両者の体格にも性別にも因らず、一撃が致命傷になり得る。であれば、それはまさしく殺し合いなのだろう。
 もちろん、幽霊である以上は死ぬことがない。
 しかし故に、これから先、何度殺すことになるのかも分からない。
 田上の鼻から指が離された。
「あっちは仕事だもの。止めてって言って止めてくれるわけもなし、だったら今後やり合わないってわけにゃいかんのだしねえ」
「……です、よね」
 それくらいは言われずとも分かっていたし、なので期待があったわけでもない。
 しかし、それでも――。
「なので田上くん、今よりもっと強くなろう」
「へ?」
 呆けた返事をしてしまう田上。
 しかし愛坂は構わない。
「口で言って止めらんないなら、ボコボコにぶん殴って止めてやりゃいいのさ。『こりゃ無理だ諦めよう』ってことになるくらい、圧倒的かつ徹底的にね」
「結局はそうなりますよね、やっぱ」
 結局は、ということで、進展は何もない。死なない殺し合いをこれからも続ける、という話である。
 が、愛坂の言い方の問題なのか、それとも何処かで何かが違っているのか、田上は無意識のうちに笑みを浮かべていたのだった。

「ただいま、再人」
「お帰りなさい、真意さん。何でしたか? 田上君からの話は」
「んー、前に言ってたあの『仮面女』が、実はいい人だったっぽいって話」
「ふむ。となると、どうです? これまで通りでいられそうですか? 今後は」
「んっふっふ、そこはもう流石我らの田上くんというか何と言うかだよ。『良い子を止める』なんて選択肢、思い付きすらしなかったみたいだね。それは地獄だぞって、ちょっと脅しかけてみたりもしたんだけど」
「そうですか、それは良かった」
「期待の星だもんねえ、田上くんは」
「ええ。いずれは、私達二人を越えてもらわないと。『良い子』のままで」
「ミイラ取りがミイラに、なんてことになってもらっちゃ困るもんね。……まあ、不安がるよりゃあ楽しみにしてましょうよ。私も再人もぶちのめして、ついでに享楽亭も終わらせてくれる日をさ」
「そうですね。それまでは、精々良い師匠でいさせてもらいましょう」


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