「ああああああちっくしょおおおおおお!」
 大の字で仰向けになったまま、激しく悔しがる浮草。
 今神浮草の二人に対し、二連勝という形で今回の田上の手合わせは幕を閉じた――まあ今のところ、田上がこの二人に負けたことはないのだが。
「詠吉ならともかく、そりゃお前はなあ……」
 動かない浮草を、田上は苦笑で見下ろした。
 今神であれば、普段の読書塗れな生活の中でも「鬼道で出せる物を増やす」ことができるのだが、それに付き合っている浮草については当然、何もない。かといって田上のように鍛錬を積んでいるというわけでも勿論なく、なのでつまるところ、彼女は「前回田上に敗北した時から何の成長もないまま挑み続けては負け続けている」のだった。
 その原動力は、これもまた勿論というか何と言うか、「今神がやるから」であり、手合わせの順番が田上の後だった場合は、そこに「田上にやられた今神の仕返し」が加えられることになる。……喧嘩をしたというならまだしも、同意の上での手合わせでやられたも何もあったものではない、というのは、言うまでもないことではあるのだが。
「ほれ、そんだけ元気なら立てるだろ」
 起き上がろうとしない浮草に、田上は手を差し出す。理不尽極まりない状況ではあるが、とはいえそれにはもう慣れた。
 それに対して浮草は、大きく息を吸ったのち、それを「ふんっ!」と一気に吐き出してから、
「はい」
 と素直にその手を取るのだった。
『ありがとうございました』
 向かい合って、礼。場所が道場でなく街中なこともあって絵的な違和感はかなりのものだが、ともあれ、そこについてはきちんとこなす浮草なのだった。
 しかしその直後、
「うわーん負けちゃったよよっしー慰めてー!」
 と、まだ田上にやられた痛みが残っているであろうその身体を、同じく痛みを残しているであろう今神に突撃させもするのだが。
「はいはい、部屋に戻ったらな……いぃててっててて!」
 ともあれ。
「二連戦お疲れさん、田上くん」
「二連勝、お見事でした」
 いつものように労ってくれるのは、愛坂と魂蔵の二人。ハンデの種類が二種類あるうちのどちらであれ、田上の勝利で終わるのは毎度のことなので、ならばこの労いの内容もほぼ同じであり、そしてこの後も同じであるなら、次に二人は今神と浮草の下へ向かうのだが――。
「なんかちょっと工夫とかしてみちゃった感じ? 今回は」
「いつもと違いましたねえ、仕掛け方が」
 二人揃って微笑を浮かべながら、そんなことを尋ねてくるのだった。
「ええと、まあ……二人が来る前にも詠吉に話したんですけど、今日出掛けた先で色々あって、それでちょっと」
「ああ、なんか言ってたねそういえば。鬼さんに会ったんだっけ?」
 本当はそれではないんですけど、と心苦しくなりはするものの、とはいえ本当のことを言うわけにもいかず。
「ええ。と言ってもまあ本当に会っただけで、別に何かしたとかってわけじゃないんですけどね」
「あはは、そりゃまあ『そういう要件』だったら、田上くんうちに帰ってこれてないでしょ」
 ――ん?……ああ、そりゃそうなるか。
 田上としては、「戦い方のアドバイスをもらったわけではない」とか「手合わせをしてもらったりしたわけではない」というような意味で言ったつもりだったのだが、愛坂はどうやら、「悪さをして捕まりそうになったというわけではない」という意味に捉えたらしかった。
 彼等の仕事を考えればそうなるのも当然であるし、となれば田上としては、無駄に心配させるようなことを言ってしまったな、とも。
 ただ説明の仕方を間違えたというだけならともかく、それが荒田と会っていたことを隠すための方便であることも考えると、罪悪感もひとしおである。
「すいません、浮草も連れてたのに危ういことになって」
 胸を刺すその後ろめたさに押される形で頭を下げてもみる田上だったが、
「いえいえ、『ただ会っただけ』というならむしろお手柄ですよ」
 と、むしろ誉めてくれたのは魂蔵だった。
「お手柄、ですか?」
「田上君は品行方正ですからねえ。鬼さん達にもいい印象を持ってもらえたことでしょう。……ふふふ、少々厭らしい見方かもしれませんけどね」
 ――…………。
 まるで想定していなかったその内容に黙り込んでしまう田上。すると今度は愛坂が、
「しかも田上くん自身は『そうですね』って言い難いっていう」
 とも。
 ――逃げ場もねえし。


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