行きましょうか、という呼び掛けから程なく。
 ……いや、ほぼ同時に、と言っても良いのかもしれない。
「はい、着きましたよ」
 ぱん、という手を叩く音と共に、魂蔵の声が皆に伝わる。それらは皆の耳に届いた筈だったがしかし、応じて動きを見せたのは愛坂ただ一人のみであった。
「んー、見られて困るようなもんは――よし、出て来てなさそうだねぇ」
 周囲を見渡し、問題がないことを確認する愛坂。
「みんなも開けていいよ、目」
 場所担当になった者のその言葉があるまで、それ以外の者達は目を開けてはいけない。
 それは、六親の仲間内で魂蔵の鬼道を使用する際の決め事であった。
「ぶはっ」
「なんで息まで止めてんですか馬鹿さん。田上だからですか?」
「なんで罵倒にバリエーションを持たせようとするんだお前は」
 といういつもの遣り取りに笑みを浮かべた愛坂は、
「まあでも、ここにあるもんは空気まで含めてあたしの産物だしねえ。ある意味正解っちゃあ正解かもね、息止めるってのも」
 とも。
 今回、魂蔵の鬼道の対象となり、場所担当となった愛坂。
 そして彼女らが今いるこの場所は、その愛坂の夢の中である。
「んな事言ったって愛坂さん、夢の中が毒ガスなんかでいっぱいってこともないでしょ」
「さすが遊ちゃん。物騒だねえ、想像が」
 嫌な顔一つせず、どころか楽しそうな笑みさえ浮かべながら、愛坂は「そうだねえ、例えば」と。
「前にあったじゃん、いきなり水の中だったっての。誰の夢だか忘れたけど」
「ああ、ありましたねえ。さすが夢というか何と言うか、普通に息できましたけど」
 更に言えばこの場の全員が幽霊である以上、息ができなかったところで何がどうなるというわけでもない――のだが、さしもの浮草でもそこまでの言及はしない。
 それを言ったら終わりである。……というのもあるのだろうが、しかし彼女の場合は、「今神が苦しむから」というのが一番の理由になるのだろう。
 幽霊であっても苦しいものは苦しいのだ。死なないだけで。
「で、田上さんもそういう理由だったんですか? それだったら愛坂さんの合図まで息止めてることはないと思いますけど」
「いいよもう俺が馬鹿だってことで」
「いや、あたしも聞きたいなあ田上くん。なんせあたしの夢ん中なわけだし」
 ――ぐぬぬ……。
「……水でもガスでも空気でもいいんですけど、『飲む』とか『吸い込む』とかって、ある意味『見る』よりも避けた方がいいんじゃないかなって思っただけですよ。夢の一部を体ん中に取り込んでるわけですし」
 それを聞いた質問者二人は小さく笑い、そして。
「馬鹿ですねえ」
「優しいねえ」
 と、それぞれそういう感想を口にしてくる。
 正反対のそれら意見ではあったが、しかし田上としてはそのどちらも、立つ瀬の無さを感じさせられるものなのだった。
 ――まあ、良い悪い以前に何を今更って話だしな。魂蔵さんのこの鬼道にはもう、年単位でお世話になってるんだし。
 苦笑と共に息を吐く田上。それは自身の気落ちから生じたものではあったが、しかしそれを、気持ちを切り替える契機にも。
「んじゃあ詠吉、続きやるか。場所はここで問題ねえよな?」
「はい。まあ、『ここ』と言ってもどこだか分かりませんけどね」
「あはは、どこなんだろねえホントに」
 人気のない、見知らぬ街中。それが今回の「夢の舞台」だった。その出所は愛坂ではあるが、しかしだからといって、この景色が現実の彼女に関連のあるものだとは言い切れない。何故ならば、夢とはそういうものだからである。
 これまで何度もこうして誰かの夢の中に入り込んでいる田上らは、なのでわざわざ、夢の風景とその出所となった人物の関連を探るようなことはしない。
 まあそもそも、訊かれて困るようなものが現れていれば、場所担当となった者の「目を開ける許可」が出ないままに魂蔵が鬼道を解除、夢から覚めることになるのだが。
「今度は地面だろうが壁だろうが好きなだけぶっ叩いて問題ねえからな。本気で来いよ?」
「もちろんです」


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