「ちょーどよかったじゃんよっしー! まさにたった今『魂蔵さんがいないからー』って言ってたとこだしー! これで今度こそ田上さんペシャンコだぜやったね!」
「ふふふ、成程。今日のハンデは鬼道ありで一対一のほうですか」
 はしゃぐ浮草のおかげで状況を把握した魂蔵は、そう言って穏やかに笑ってみせる。
 が、田上は苦い顔。
「やられるつもりはないですし、やられたところで問題ないのは分かってますけどね? それでももうちょっとこう、俺がペシャンコにされるっていう物騒な話にそれらしいリアクションが欲しいというかですね」
 しかし、魂蔵は穏やかな表情を崩さない。
「それをしてしまうと、今神くんが気にして全力を出せなくなってしまいませんか?」
「ぐぐっ、確かに……」
 人から言われて気にするぐらいだったら、そもそも物騒な獲物を持ち出しはしないだろう――ということには、しかし今神の場合、なりはしない。
 とにかく一日中本を読んでいる、という生活様式からもある程度察せられるよう、本来なら荒事を苦手としている彼ではある。が、しかし同時に彼はその荒事に対して積極的な姿勢を持つ田上を慕ってもおり、なので田上の手伝いという形であれば、今回のように手合わせを申し込んでくることもたまにある。
 田上の力量が自分より上であることも、こちらがどんな物騒な武器を持ち出そうと田上が手加減など望まないことも把握し、そしてそこも含めて彼のことを慕っている今神は、ならば日本刀だろうが巨大な木槌だろうが構わず使用し、かつ全力でそれを振るうのだが――。
「す、すいません。我ながら情けないことで……」
「あーいやいや、今のは俺が悪い」
「自分が田上を傷付ける」ということを言及されてしまうと、どうしても気にしてしまうのが、今神という人間でもあった。
 ただしそれには、例外もある。
「いっそ浮草くらい開き直った方がいいのかね、俺も。やられる当人がペシャンコだ何だってのも変な話だろうけど」
「いやそれは、言い方がどうかというより、言ったのが誰かってことの方が問題かと……」
「おっ! なんか思いがけず特別扱いしてもらえちゃったぞ!」
「喜ぶとこじゃないけどな?」
 ともあれ。
「では、今回は誰にしましょうか」
 魂蔵が皆に問う。丁度いいタイミングで求められていた、「お手伝い」の開始である。
「あー、俺パスで。さっき外うろうろしてた時に鬼さん達に会ったりしてたんで、それが出てくると手合わせどころじゃなくなりそうですし」
「ほほう、そりゃまた」
 鬼の話に興味を持ったのだろう。愛坂が喰い付いてくるのだが、
「これが終わったらお話聞かせてもらっても?」
 と、後回しにしてはくれるのだった。
「ああ、はい」
 さすがは武術の先生。と言うほどのことでは、ないのかもしれないが。
 そしてその流れということなのか、愛坂は魂蔵の問いにも手を挙げる。
「んで再人、あたしでいいんじゃない? 昼も上手い具合に『ここ』だったんだし」
 それを受けて魂蔵、「ふむ」と顎に手を当てた後、実際に組み手をすることになる三人を見遣る。
「私は誰でも構いませんが、皆さんもそれで?」
「はい」
「はい」
「はーい」
 三人ともが了承――いや、細かくは了承が二と「どうでもいい」が一、ということになるのかもしれないが、それはもかく。
 そういうわけで、今回は愛坂が「場所」担当。つまりは魂蔵の鬼道の対象、ということになったのだった。
「まあ昼がここだったからって、また次もここになるって話でもないんだけどねえ」
「ふふふ、それはそれで面白いところでもありますし」
 そう言って愛坂と笑みを交わし合ってから、魂蔵は皆を向き直る。
「それでは皆さん、行きましょうか」


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