「それにしても、『デカいハンマー』ねえ」
「あはは、前から一回やってみたくはあったんですよね。何となく照れ臭いから意識して探しはしませんでしたけど、今回たまたま本が見つかったんで」
「うーん……うん、まあ、照れ臭いとこまで含めて気持ちは分かるかな。素手の俺が言うのもなんだけど」
という田上と今神の遣り取りに、すると溜息と呆れ文句が一つずつ。
「好きですよねえ。男ってなあそういう、デカい! ゴツい! 大雑把! みたいなの」
男という括りを持ち出したからには、その出所は浮草であった。
「おっ? お前でも分かるか、そういうの」
「分かってはないですよ? 知ってるだけで」
「ああ」
分かってはいないが、知ってはいる。そのフレーズは、浮草と会話する際には度々登場するものであった。
彼女は、他人の情緒というものに疎い。そして理解する気もない――という地点からは周囲(多くを占めるのは今神だが)の努力が実を結んで脱却しているものの、しかしそれ故に、今でもまだ「情報として知っているだけで共感できるわけではない」という流れになることが多々あるのだった。
とはいえそれですら、かつて一度殺されかけた経験がある田上からすれば、喜ばしいと言って差し支えないほどの成長ではあるのだが。
「ん? でも、それだけだったらなんで不機嫌そうなんだ? 男がどうとか、お前だったらどうでもいいとか思いそうだけど」
「どうでもいいですよ? だからそこじゃなくて」
「じゃなくて?」
「いちゃいちゃし過ぎ」
「…………」
――……いや、まあ、組手中だもんな今。いつものこととはいえ。
男同士でいちゃいちゃって表現はやめろ。とは、言わないでおく。
先に述べた通りに彼女は、「男がどうとか」という話には関心がない。なにせ「自分」と「今神」と、そして「それ以外」だけで完結しているのが、彼女の世界なのだから。
喜ばしいほどの成長を遂げた今でも、恐らくは。
「すんません」
「分かればよし。さっさとハンマーよっしーに叩き潰されてください」
「ぶふっ」
ハンマーよっしーという何とも妙な響きの呼称に噴き出したのは、そう呼ばれた今神本人。完全に不意打ちだったのだろう、噴き出しているのに真顔のままなのだった。
「んっ、んん」
咳払いで誤魔化しに掛かる今神なのだった。
「……さっきも言ったけど、いま魂蔵さんいないからな。叩き潰せって、縦には振れないぞこんなの。床が抜けるだろ」
「あーもう可愛いなあよっしーは」
「聞いて」
抗議の異を露わにする今神だったが、浮草はニコニコと幸せそうな視線を今神に向けるばかり。なのですぐに諦め、悲しそうな表情で田上を向き直るのだった。
「そういうわけなので、改めてよろしくお願いします……」
「おう、頑張れ」
それについては励ますしかない田上だったが、しかし「そうだよなあ」とも。
――あんなゴツい武器持ち出した時に限って魂蔵さん不在なんだよな……詠吉からしても思い切り試してみたいだろうに、動きに制限掛けるしかないってのもなんかなあ。
と、そんなふうに残念がってみたところ、
「おーおー、ホントにやってるよぉ。元気だねえ若い子は」
道場の入り口側から気だるそうな声。と、そしてそれとは別にもう一つ、
「年寄りですいませんが、お手伝いできることはありませんか?」
という穏やかな声も。
そんなわけでなんとも的確なタイミングで現れたのは愛坂と、その愛坂に手を引かれている魂蔵の二人だった。
――まあタイミングも何も、ドタンバタンうるさかったから俺らがここにいるって気付いただけなんだろうけどな。魂蔵さん耳良いし。
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