「そんで、その本は? そういうごっつい武器って、お前にしちゃ珍しいけど」
 今神が手にしている大木槌よりも、もう一方の手に収まっている本のほうを主題に質問を投げ掛ける田上。勿論のこと、それは今神の鬼道に関わってくる話なのだが、
「普段使ってるようなのも、普通の人間からすれば充分に『ごっつい武器』なんですけどね」
 と、まずはそこから答え始める今神だった。
「そうなのか?」
「そりゃもう、見た目あんな細っこくても鉄の棒ですからね。しかも鉄パイプとかバットなんかと違って中までギッシリですし。修羅でもなければ、素人が軽々振り回せるもんじゃないですよ」
「うーん、言われてみりゃあそりゃそうか……」
 鬼道の性質から普段、今神は様々な武器を用いている。が、今回のように「試用」として一度使ってみた、ではなく何度も繰り返し使っているものとなると、それは今話題になった「細っこいけど中までギッシリな鉄の棒」、こと日本刀であった。
「ちなみにこの本ですけど」
 と、ここで話題を本に戻した今神は、その表紙を田上に見せ付けるようにする。
「昼に言ってたラブコメの三巻です」
「え、マジで?」
「あはは、まあ、田上さんは馴染みがないから面食らうでしょうけど……ラブコメでもこれくらい、ギャグ描写としてなら出てきますよ」
 軽く笑いながら、大木槌の柄で何度か床を打ってみせる今神。
 そう、この大木槌は、いま彼が手にしているラブコメ、もとい「本」の、その物語の中に登場したものである。
 今神の鬼道「アンリアル」は、そうした物語に登場する物品を現実に持ち出す、という性質のものであった。
 行使する際にはその物語が描かれた本を手に持ち、持ち出したい物品が登場するページを開いたうえで該当する文章を音読しなければならない、という制約がある――が、しかし逆に言えばそれは、本さえ持っていればどんなに巨大なものでも好きな時に持ち出すことができる、ということでもある。
 ……ただし、物語の中でその物品が持つ現実的に在り得ないような性能、性質については、現実的に在り得る範囲内にまで修正されてしまうのだが。
 どんな刃も通さない盾を持ち出してもこちらでは普通の盾だし、
 どんな盾も突き通す矛を持ち出してもこちらでは普通の矛である。
「アンリアル」という、その鬼道の名に反して。
「むしろギャグだからこそこんな極端なものが出てくるっていう面も――」
「じゃなくて」
「え?」
「もう三巻まで読んだのか? 昼の時は一巻だったんだろ?『読み始めた』って言ってたし」
「え、あ、はい」
「すげえな……文字ばっかのやつだろそれ……なんかこう、表紙の感じからして」
 ラブコメに巨大な木槌が登場したということよりも、今神の本を読む速度に驚嘆する田上だった。というか、その内容に関わらず「本」というものに馴染みがなさ過ぎる彼からすれば、「ラブコメに物騒な武器が登場するという印象がない」「という印象がない」のだった。
「いやいや田上さん、そりゃ確かに俺、読む量は人より多めかもしれませんけど、読書のスピードはそんな速いってこともないですよ?」
 という話が田上の基準に当て嵌まらないのは勿論のことなのだが、
「黙読ならね」
 ここで横から口を挟んできたのは浮草。今神からマフラーを受け取り、普段彼がそうしているように口元を隠すようにそれを着用している彼女は、意地悪い感じに目元を緩ませながら、そのマフラーをちょいちょいと摘んで見せている。
「分かった分かった。最近はもう殆どないだろ、それ」
 苦い顔をする今神。対して浮草は、マフラーの裏から嬉しそうなくすくす笑いを漏らしてくるのみだった。
 日頃読書ばかりしている田上には、その読書についてある癖があった。本の内容にのめり込んでくると、知らず知らずのうちに文章を声に出してしまうのだ。
 一人でいるなら何も問題にはならなかったのだろうが、しかし今の彼が一人でいることは殆どない。そしてその、一人でいさせてくれない相手が、その「意図しない音読」を気持ち悪がったのだった。
 まあ、ボソボソとした読み上げをひたすらに、しかも黙読のそれと同じ速度で続けるその様は、気持ち悪がられても止む無しというものではあったのだが。
 今神がほぼ常に着用しているマフラーは、それを外見だけでも隠すためのものなのだった。もちろん声まで防げるものではないので、結局は音読それ自体の自重を余儀なくされはしたのだが。
「殆どなくなったんだったらもう、マフラー自体しなくていいんじゃないのか?」
「それは……まあ、その、折角の彼女の手編みですしってことで」
「そうかそうか」
 ――そんなとこでも真面目だなあ。って話でいいのか? これは。
 意図しない音読を嫌った相手というのは、浮草のことである。
 そして、それを隠すためのマフラーはその浮草の手編みである。
 好意ではなく抗議の意味での手編みのマフラー。そこまでされれば、真面目な性格の今神は何としてでも自分の癖を抑え込もうとするだろうし――自戒の為にそのマフラーを着用し続けもするのだろう。と、そういうことにしておく田上だった。


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