「それでは主役が復活したところでぇっ! 気を取り直して参りましょう自己紹介タァアインム!」
 ちゃぶ台を挟んで僕と向かい合う管理人さんの力強い開会宣言に、まばらな拍手が送られる。それもその筈、管理人さんを除けば今ちゃぶ台を囲んで座っているのは五人であり、その中で拍手を送っているのは、赤カチューシャさんと眼鏡お父さんの二人だけだった。
 あとの三人はというと、面倒臭そうにそっぽを向く赤タンクトップくんと全く動きを見せない少女とあっけにとられてどうしたらいいか分からない僕。
 まばらだった拍手は気まずさの色を含みだし、その音は五秒もしないうちに、消えるような形で鳴り止んだ。それでも眼鏡お父さんだけは楽しそうだったけど。管理人さんと赤カチューシャさんは……すいません、拍手に参加できなくて。
「えー、では気を取り直して……」
 さっき取り直したばかりの気を再び取り直し、へこたれた背筋をまっすぐにして、やっとのことで本題に入る管理人さん。
「まずはアタシからね。アタシは家守やもりかえで。知ってると思うけどここの管理人です。何か困った事とか分からない事とかあったらじゃんじゃん相談してください。……って言っても仕事でいなかったりするけどね。あはは」
「じゃあはい! 次行きまーす!」
 管理人さんが笑いながら頭をぽりぽりと掻きだすと、僕が返事をするよりも早く右隣の赤カチューシャさんが元気良く手を挙げた。では、どうぞ。
「203号室の、喜坂きさかしおりです! さっきはごめんね。びっくりさせちゃって。えー、趣味は……」
「趣味とかんなのどうでもいいだろが。とっと終わらせよーぜ」
 今度は返事をするどころか、自己紹介の途中で遮られてしまった。もしかして、僕はただ聞いてるだけでいいのかな? そういう進行?
「むぅーっ」
 赤カチュ……喜坂さんが向かいに座る赤タンクトップくんを睨みつけるも、迫力が無いせいか気にも留められなかった。
「202号室の怒橋どばし大吾だいごだ。以上」
 彼はそれだけ言うと、隣に座っているあの大人びた少女を軽く肘で突いた。どうやら急かしているらしい。やな感じだなあ、こんな小さい子に……。
「わたしは201号室の哀沢あいざわ成美なるみ。隣の阿呆がやかましくてすまないな」
 と思ったら、こっちも負けてない。なんでこの子、こんなに態度が大きいんだろう? あの、ケンカとかしないよね?
 願いが通じたのか普段からそういう関係なのか、二人は僅かな間睨み合っただけで幸いにも取っ組み合いには発展しなかった。周りの人達も妙に落ち着いてるし、よくある事なのかもしれない。
 そこで一つ疑問が浮かぶ。成美ちゃんって一人で暮らしてるのかな? 最初に部屋に入ってきた時、あの怒橋くんに背負われて来たから兄妹とかかと思ったけど、態度的にも名前的にも違うみたいだし。――あ、まだ眼鏡お父さんがいるか。多分あの人が成美ちゃんと一緒に、
「102号室のらく清一郎せいいちろうです。この隣の部屋ですね」
 ……あれ。やっぱり一人暮らし? むむう、幽霊ともなると常識は通用しないのか。
 なんて僕が考えてる事を眼鏡お父さんが知る筈も無く、玄関で会った時から変わる事のない楽しそうな口でもう一言付け加える。
「うーん、趣味の話が禁止となると私には何も残りませんねぇ。んっふっふ」
 腕を組んで考えるも、やっぱり楽しそうなお父さん。話す事が無いのがそんなに楽しいのだろうか? 
「かと言ってせーさんに趣味の話させると、とんでもなく長くなるからねぇ。だいちゃんナイス!」
 だいちゃんというのはどうやら怒橋くんの事らしく、管理人さんは灰皿に短くなったタバコを突っ込んでから、彼にビッと親指を立てる。
 しかしそれに反応したのは怒橋くんではなく、楽さんだった。後頭部に右手を当てて、
「これはこれは、面目無いです」
 そんな言われ方をするほどのめりこめる趣味って何だろう? と、ちょっとだけ興味が沸く。けど、話を聞こうとするのはあまり歓迎されそうにないので黙っておく事にした。
「清さんが遅れて来たのだって、その趣味のせいですもんねー」
 喜坂さんが楽さんのほうを向いて悪戯っぽく言う。つまり、ここに来る直前までその趣味に没頭していたという事だろうか? その趣味がなんなのか更に興味が沸くが、それに続く楽さんの台詞でだいたい想像がついた。
「いやあ、中々イベントが終わってくれなくてセーブができなくてですねえ。なんともタイミングが悪かったですよ。ボスが出てきたから不味いかなーとは思ってたんですが意外とあっさり倒せちゃったんでそんなに重要な場面でもないのかなとたかを括っていたんですが倒した後にちょっと進んだら画面が暗転しましてそれイベントが」
「楽。そこまでにしておけ」
「ボスが」辺りから恐らく息継ぎ無しで趣味の話をし始めた楽さんを、成美ちゃんがこれまた上から口調で制する。この中で最年長っぽい楽さんにもそれなの? もしかして、ここにいる全員にその喋り方?
 とにかく楽さんの話はそれで治まり、管理人さんと喜坂さんと怒橋くんが安堵の溜息をついた。
「あ、申し訳ないです哀沢さん、ついうっかり。んっふっふ」
「楽さんの趣味って、テレビゲームなんですか?」
 全員が僕の方を向いた。僕はなんとなしに訊いただけのつもりだった。けど、楽さん以外の四人の視線に含まれる負の感情に、「なんとなし」どころか「軽率」だったのだと思い知らされる。
「それももちろんそうですがまだまだそれだけじゃ」
「そそ、そうそう。それだけじゃなくて、せーさんはなんでもかんでも趣味にしちゃうんだよね。釣りとか山登りとか」
 早口で喋りだした楽さんに、管理人さんが慌てて言葉を重ねる。
 ……ごめんなさい。
「まあ、そういう事です」
 管理人さんの言葉にのっかかる形で楽さんの話は終了。またもさっきと同じ三人が同じ溜息をつく。
「じゃ、最後に日向くん。張り切ってどうぞ!」
 溜息をついて下を向いた顔を持ち上げて、管理人さんが張り切って言う。
「え、僕ですか?」
 訊くまでもない。思いっきり名前を呼ばれたし、管理人さんの手が僕のほうに伸びて次が誰なのかを示してるし。……座ったままでいいのかな?
「えっと、今度ここに住まわせてもらう事になった、日向ひむかい孝一こういちです。大学に通う四年間の間ここでお世話になる予定なので、宜しくお願いします」
 手短、かつ無難な自己紹介の最後にぺこりと頭を下げると、まばらではあるものの、五人のうち三人から拍手を頂いた。ちょっと照れ臭い。あとの二人、怒橋くんと成美ちゃんはこっちを見たまま特に反応もなかったけど。
 僕の仕事が完了すると、新しいタバコに火を点け、盛大に煙を吐く管理人さん。
「で、何か質問あるかな?」
「何か質問」と言われればあれしかない。みんなあまりにもそれっぽくないから忘れそうだったけど。
「ここにいるみんなが幽霊って、どういう事ですか?」
 いざ訊いてみると、「あー、やっぱそう来る?」と管理人さん。そりゃそうでしょう。
 すると今火を点けたタバコを灰皿に置いて、まっすぐに僕を見詰めた。その雰囲気から察するに、どうも真面目な話らしい。僕は息を呑む。
「まず知っていて欲しいのは」
 そう言ってちゃぶ台に肘を突き、人差し指を立てる。
「幽霊ってのは意外と身近にいるって事。それこそ生きてる人間みたいにね」
「そんな……だってそんなの、すぐに大騒ぎじゃないですか。そこら辺に幽霊がいたら」
 すると、管理人さんが微笑んだ。楽さんと喜坂さんも微笑んだ。……いや、楽さんはずっとこうか。まあとにかく、その微笑みが何を意味してるかは、すぐに分かった。だって実際に僕は騒がなかったし。……ここにいる人達が幽霊だと、知らされるまでは。
「そーゆーこと。あんまり人間そのものだから、見えてても気付かずにやり過ごしちゃうんだよ。殆どの人は」
 自分で気付いた事が顔に表れたらしい。それに気付いた管理人さんは人差し指を立てた腕を引っ込め、腕組みをして満足そうな表情に。するとそれに続いて、隣の喜坂さんが追加の説明を始める。
「でもね、幽霊が見える人がそもそも珍しいんだよ? だから――えっと、『孝一くん』でいいかな?」
「あ、はい」
 自己紹介を終えたからか、口調が多少フレンドリーになっていた。怒橋くんや成美ちゃんと話してたのを思い出す限り、これがこの人の「素」らしい。まあ、僕としてもこっちのほうがいいかな? なんと言うかこう、打ち解けてる感じが……
「あ、じゃアタシ『こーちゃん』で」
 管理人さんがシュビッと挙手。ついでにいつの間にか、タバコは再び口に咥えられている。
「……はい」
 そして喜坂さんの説明が再開される。
「えっと、だから孝一くんが見える人かどうか確かめるために、アパートの入口近くで待ってたの。そしたら孝一くん、話し掛けてくれたから」
 なるほど、それで僕が「見える人」か。
「だから正面入口だけでいいだろっつったのによー。初めて来るヤツが裏口から入ってくるかっつの」
 怒橋くんは腕を組んで、なぜか不機嫌そうだった。推測するにこのアパートには裏口があって、怒橋くんは喜坂さんみたいにそっちを見張ってたって事だろうか? そして収穫も無しにただ待たされただけって事に怒ってると。
 と我ながら冷静に分析を完了したと同時に成美ちゃんが今までと同じ口調で、
「あれしきの事で一々ぼやくな。一時間程度立っていただけだろう? わたしも一緒に待っていたではないか」
「テメエは俺の背中に乗っかってただけだろうが!」
「お前の背中の上で待とうが自分の足で立って待とうが、大した違いは無いな」
「人の背中借りといてその言い草かよ! 相っ変わらず失礼な野郎だ!」
「わたしは女性だ。野郎ではない。失礼と言えばお前こそ、目上の者に対する言葉使いを学んだ方が良いのではないか? 楽には比較的まともな話し方をしているというのに……全く」
「いや、全く。んっふっふ」
「俺がテメエに敬語だぁ!? 寝言は寝て言えクソガキ!」
「残念ながらお前よりは年上だ。……まあ、敬語という概念を持っていただけ良しとしておくか」
「はーい二人ともそこまでー。こーちゃんが固まってるよー」
 固まってました。

 状況の平定にやや時間を要して。
「あのさ、成美ちゃんがさっき言った『お前よりは年上だ』ってどういう意味?」
 と、成美ちゃん本人に訊いてみる。僕の予想では「精神年齢が云々」とかそういう感じの嫌味なんだろう。怒橋くんには悪いけど。でも、どうも成美ちゃんの口調は子どもっぽくないんだよなあ――と、そこが引っかかったのですが、どうでしょう。
 成美ちゃんがこっちを向く。が……何だか少し、機嫌を損ねてらっしゃる?
「『ちゃん』は勘弁してくれないか。せめて『さん』にしてくれ」
「え? えーと……」
「幽霊は基本、年を取らない。だからわたし達の見た目と年齢は、食い違うものなのだ」
「あ、そうなんですか」
 自分でも不可解に思うくらいすんなり納得できたらしく、返事は自然に敬語に。
 そこで「すると、成美さんは一体お幾つで?」なんて質問が頭をよぎったりもしたけど、見た目通りの年ならともかく、怒橋くんより上だと言うなら訊くのはよそう。多分僕よりも上だろうし。
「えー、おほん。かなり間が開いちゃったけど続きね」
 暫らく沈黙が続いて誰も喋らないと分かると、管理人さんが一つ咳払いをした。何の続きだっけ? ……あ、そうそう。「ここにいるみんなが幽霊って、どういうことですか?」だった。自分で訊いたんだっけな。
「こーちゃんが『見える人』なのはさっき言った通り。じゃあアタシはどうなのかと言うと、ぶっちゃけ霊能者です。ここの管理人兼霊能者。それでご飯食べてるわけなのね」
 わあ、ぶっちゃけちゃった。でも幽霊が実在するとなると、そんな職種も有り得てくるか……な? 具体的に何するかは知らないけど。
「そんなわけで、ここいらの幽霊に顔が利くわけ。んで、そっちの方にも入居者募集したらこの有様」
 管理人さんが苦笑しつつ、両手の平を上にして水平に掲げる。そのジェスチャーが示すのは、「この有様」の「この」の部分。つまりちゃぶ台を囲む六人の内の幽霊さん達四人。
「有様ってなんだよヤモリてめえ!」
「冗談の通じん奴だ。ストレスで禿げても知らんぞ」
「も、もう。二人ともぉ」
「んっふっふっふ」
 それぞれそういう有様でした。楽しげな有様ではあったけど、気になることが一つ。
「あの、幽霊じゃない人は管理人さんの他にいないんですか?」
 このアパートは二階建てで、各階に部屋が四つずつ。つまり合計八つ部屋があって、ここにいるのは僕を含めて六人。そしてそれぞれ違う部屋に住んでるわけだから、部屋は残り二つ。これはいないかなー。などと予め予想を立てていたところ、
「たはは、残念ながらいないよ」
 はたしてその通りなのでした。管理人さんはまいったまいったと頭に手を当て、
「いやね、ここ近所で『お化け屋敷』とか呼ばれててさー。入居者どころか通行人もあんまり近付かないんだよね。実際その通りだから別にいいけどさぁ。まあ屋敷ってほど立派じゃない点を除けば、だけど」
 全然知らなかった。それもその筈、僕はこの近辺の人間ではない。
 そりゃあこの辺の人間だったら大学通うのにわざわざアパートなんか借りないですよ。自宅から歩いて通えばいいんだし。別にまだ独立したいとか親元離れたいとかいう願望もないし。
「見える人って珍しいんじゃないんですか? それなのに、ここがお化け屋敷だってばれてるっていうのは?」
 親云々はこの際置いといて、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。
 そう、気付く人がいなければそんな風評も立たないわけで。では一体なぜ?
「幽霊そのものが見えなくてもさ、幽霊が動いた結果として起こった事は見えるわけ。独りでにドアが開いた! とか、よくテレビであるでしょ? そんな感じだよ」
 言われてみれば、もっともだ。幽霊に動かされた物が動いてないように見えるんだったらいろいろ妙な事になるだろうし。
 ……ん? という事は。
「それじゃあ例えば、喜坂さんが庭で箒持って掃除してたのも、普通の人からしたら箒が踊ってるように見えてたんですか?」
 当たり前のように庭掃除してたけど、そうだとしたら堂々としたものだ。
 しかし管理人さんは眉をひそめて、
「んー、説明するの難しいんだけどさ、幽霊が持ってるものは幽霊同様、見えなくなるんだよね」
 説明するの難しいと言った割にあっさりな……あれ、じゃあドアとかだって幽霊に開けられたら消えるんじゃ? なんて思ったけど、それを口にする前に管理人さんが先を続ける。どうやら難しいのはここからのようだった。
「でも触ってれば何でもかんでも消えるんじゃなくて、何て言うかな、その幽霊が『持ってる』、『身につけてる』って認識すれば消えるんだよ。だから例えば、歩いてて偶然蹴っちゃった小石とかは消えないの。あとあんまり大きい物もね。ドアとか車とか家とか。まあそんな物、まず『持とう』と思わないだろうけど」
 うむむ、分かったような分からないような。と言っても、結局僕は見える人なんだから関係無いのかな?
「まあ孝一くんは見える人だから、気にしなくても大丈夫だよ。だからその……普通の人達と同じように仲良くしてくれたら嬉しいな」
 喜坂さんによると、やっぱり関係無いという認識で大丈夫らしい。ちなみに喜坂さんによると、仲良くすると嬉しいらしい。それはこちらこそ。新入りですしね。
「オマエ、よくそんな恥ずかしい事言えるよな。仲良くしてくれってガキじゃあるめえし」
「えへへ、実際ちょっと恥ずかしかった」
「んっふっふ。でも大事な事ですよ。部屋が違うとは言え、同じ屋根の下で暮らすんですからね。というわけなので、私からもよろしく頼みますよ、日向君」
「恥ずかしいという理由で自分から言い出せないお前の方が余程餓鬼だな。ではわたしからも頼むぞ、日向」
「んなっ!? テメエはホントに口の減らねえ……!」
「こいつも根は悪い奴では無いのだ。なので代わってわたしから頼もう。宜しくしてやってくれ」
「がっ……! フ、フン! 今更褒めたって何も出してやらねえからな! って、ニヤケてんじゃねえ孝一テメエ!」
 部屋中が笑い声で満たされ、一人で頑張りながらもオロオロする怒橋くん。
 うん、不安もあることはあるけど……これから、楽しくなりそうだ。
「これからよろしくお願いします。みなさん」

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