第一章
観て、食べて、飲んで、お昼寝



 隣の女性が気になりだしたのは、明確に言うといつからなのだろうか? 三日前、家守さんにお膳立てされて二人きりになり、生前の話を聞いた時? それともみんなでプールに行って意外にも泳ぎが得意だと判明した時? はたまた、毎晩行っているお料理教室で? もしかしたら、初めて会った時から?
 自分ですらよく分かりませんが、とにかく僕は、204号室住人日向孝一は、203号室にお住まいの喜坂栞さんに好意を寄せているのです。と言うと他人行儀な言い方ですが、まあ率直に言ってしまえば好きなのです。
 ここに引っ越してきてから、つまり彼女と知り合ってから、まだ日が浅いにも拘らず。


 ――後部座席のその彼女を助手席から気に掛けながら、土曜日。家守さんの「花見がしたい!」という鶴の一声から僕達一行が今回やってきたのは……
「いや〜着いた着いた。この神社も久しぶりだねえ」
 あまくに荘からそれほど離れていない、とある神社。もちろん僕にとっては初めての場所。
「へぇ、思ったより広いんですねここ」
 小高い丘の上に位置している場所なので、坂を登り切るまでは広さはそんなにないだろうと思っていた。しかし、意外にもかなり余剰スペースがあるようで。
 トランクから弁当とビニールシートを担ぎ出した家守さんは、久しぶりに来た事を懐かしむように視線を行ったり来たりさせると、
「こーちゃん、悪いけど飲み物持ってくれるかな。クーラーボックスにまとめて入ってるから」
「あ、はい」
 車の中で寝ていて、つまりは目が覚めた直後だと言うのに背中に成美さんを担ぎ、右手にジョンのリードを持った大吾に頼むのはさすがに避けて、僕に荷物を頼む。ちなみにサタデーはジョンの上。
 そんなわけで開いたままのトランクを覗いてみると、ご指名のクーラーボックス以外にも何やら荷物が。そのパンパンになったリュック――パンパンと言うよりは、何か大きな薄い長方形のものを詰め込んで角張った感じになってたけど――が、誰のものかは言わずもがな。まあ持ち主がトランクに詰め込むところ見てたしね。
 横から顔を出した清さんがその変形したリュックを背負い、僕はクーラーボックスを持ち上げる。しかし、かなり重い。持ち上げても中身が揺れてる気配がしないので、多分入るだけ詰め込んであるんだろう。するとつまり。
「成美さんお疲れ様でした。こんなにたくさん」
 中身が缶かペットボトルかは分からないけど、成美さんの体格じゃあ一度に持てる量も限度があるだろうし一体店と家を何往復したのやら。自販機かもしれないけど。
 しかし当の本人は、ペット係の背中越しにクエスチョンマークを浮かべる。
「ん? わたしがその中身を買ったって事か? いや、わたしじゃないぞ? 最近の買い物は昨日の食材セットだけだ。まああれだって充分重かったがな」
 昨日の食材と言うと、本日の弁当の材料ですね。確かにビニール袋いっぱいに買ってきてましたし、どちらにしてもお疲れ様でした。
 すると僕がトランクでごそごそしてる間に、丸めたビニールシートは家守さんの右腕から栞さんの両腕に移っており、荷物が減った家守さんが話に参加。
「あーそれアタシだよ。昨日仕事の帰りに買っといたの。車だし」
 なるほど。
「いくらなんでもなっちゃんに頼むのは無理があるからねー」
 と続けて笑い飛ばすと、その体格的に不利な人を背に、大吾が嫌味を垂れだす。
「情けねえな。仕事だっつうのによ」
「仕方ないだろう。文句があるなら一日仕事を引き受けてやろうか?」
「つーかそりゃあ一番仕事に趣味入ってるヤツが言える台詞じゃねえゼ大吾。その上楽だしな」
「あんだとテメエ! 仕事される側のクセによ!」
「HAHHAAAAA! じゃあお仕事開始だ捕まえてみやがれぇぇぇぇ!」
 サタデーがジョンから飛び降りて逃走を開始すると、
「待てやコラァァァァ!」
 見え透いた煽りにどっかりと乗っかって後を追うペット係。楽しんでわざと釣られてるのか本気で怒ってるのかどっちなんだろう? と、遠ざかるその背を眺めていると、そこから成美さんが姿を消している事に気が付く。
「相変わらず阿呆だなあいつは」
 いつの間にか背中から降りていた成美さんは置いていかれたジョンのリードを手に、既に声の届く範囲にはないその背中へと、薄く笑みを浮かべながら悪態をついた。そしてその背中の更に向こうには、薄桃色の掛かった無数の枝と、その元締めである太いこげ茶色。
「でも、怒橋くんはああだからこそサタデー達やジョンに好かれているんですよ」
「……ふ、そうかもな」
 同じく背中を見送る清さんのその言葉を成美さんは鼻で笑いながら、薄い笑みをほんの少しだけ濃くした。そしてその成美さんを下から見上げながら、ジョンは嬉しそうに尻尾を振りだす。まるで、控えめでしかない成美さんの表情の変化を大袈裟に周りへと伝えようとしているかのように。
 そんなジョンの頭をがしがしと多少乱暴めに撫でると、成美さんは家守さんに目をやった。家守さんもその視線の意味するところはすぐに察したらしく、やれやれと肩をすくめると、
「さてさて、アタシらも突っ立ってる場合じゃないかね。そいじゃみんな、移動だよー」
「はーい」
「ワンッ!」
 返事をしたのは栞さんとジョンだけだったけど、走っていった二人を除いたみんなで揃って移動開始。目指すはもちろんお花見の主役、桜の木。


 そこにはずらりと桜の列。そして僕達一行以外に人気は全く無く、故に陣取る場所の確保には困る筈が全く無い。
「んじゃ早速だけど、お弁当食べよっかみんな」
 適当な(適切な、の意味ではなく)桜の木の下に辿り着くと、家守さんがお昼の開始宣言。もちろん反論するものもおらず、栞さんは抱えていたシートを地面に広げだした。
 そうしてできあがった陣地にみんなして乗り込み、それぞれ荷物を下ろす。するとサタデーと一緒に――と言うか、彼を頭に乗せて帰ってきた大吾がその荷物の一つ、家守さんが持っていた重箱をまじまじと見詰め、
「その弁当って、ヤモリが作ったんだよな?」
「ん? そうだよだいちゃん。どーだ凄いだろー!」
 触れてもらえたのが嬉しかったのか、重箱を大吾の眼前に押し付けて得意満面。
 ……しかし大吾、表情が晴れない。
「大丈夫なんだよな? 食っても」
「どーゆー意味かな〜?」
 眉以外の顔のパーツはそのままに、そこだけみるみる吊り上がる。
「OH,相変わらず思った事臆面も無く言っちまうなあ大吾は」
 頭の上の植物は、大吾が何を言いたいのか分かっているのだろう。そしてもちろんそれはサタデーだけではなく、家守さんも含めてこの場の全員が。ああもう、余計な事言ってくれるねえ大吾は。
「大丈夫だよ。味見とかもちゃんとしたし、美味しい筈だって」
 この弁当は家守さん作である。が、少々ではあるけど僕も手伝った部分はある。それを箱の段階から不安がられちゃあ、中身も不味く感じられるってもんだ。そしてそれはゴメンだ。一料理人として。なので、フォローを入れておく。
「ああ、孝一も一緒に作ったのか。それなら安心だな」
 ……そういう評価ってどうなんだろう? 自分が関わってるって事で安心してもらえるのは嬉しいけど、家守さんの立場になると結構辛いような。
「へーんだ。いつか一人だけでも作り上げてみせるもんね」
 しかし当人は重箱を押し出していた手を引っ込め、ぷいと大吾から顔を逸らす。うむ、どうやら杞憂だったようで。
「んっふっふっふ、そうなったらもみじさんに自慢できますねえ。確か椛さん、料理はできないんでしたよね?」
「おっ、せーさんナイスアイデアだねぇ。そりゃ面白そーだ」
 椛さん? どちら様ですか? とやや困っていたら、
「椛というのは家守の妹だ。少し前はちょくちょく家守に会いに来ていたのだが、最近はあまり顔を出してこないな」
 成美さんが気を利かせて丁寧に解説してくれた。
「そうなんですか」
「あれぇ? もしかしてなっちゃん、椛に会いたいのかなぁ?」
 家守さんが薄ら笑いを浮かべながら成美さんに尋ねる。でも薄ら笑いを浮かべるという事は、含むところがあるという事で。
「どうだかな。要は家守が二人になるようなものだし、どちらかが大人しくしてくれればさして問題はないのだが」
 家守さんが二人。なるほどそれは大変そうだ。取り敢えずみんなに集合が掛かるのは間違いないでしょうね。そしてなんやかんやで騒ぐ事になるんでしょうね。仕舞いには大吾の背に乗る成美さんを二人掛かりで虐めるんでしょうね。
 成美さんが言ってる意味は恐らくこんなところだろう。家守さんが二人、というだけでここまで想像ついちゃうのは幾分可哀想な気もしますが。
「じゃあ今度遊びに来るように連絡してみるかな。面白イベントもありそうだし」
「言ってる傍からそれか」
「いやいや、なっちゃんが心配してるようなイベントじゃないから。まあ楽しみにしててよ」
「ふん」
 不信感を満載させた成美さんがぷいと横を向く。何でしょうねえイベントって。気になりますねえ。まあ僕からしてみたらその椛さんが来ること自体がイベントなんですけどね。初対面だし。
 さあ今度は何が起こるのやら。


『いただきまーす!』
 景気よく開会式。ようやくお腹の虫を満足させる時間がやってまいりました!
 各自に配られた紙の皿と割り箸と紙コップをフル活用してむしゃむしゃばくばくごくごくもりもりごっくん。
 ……いやー美味い! 半分自分で作っといてなんだけど!
「さすがこーちゃんに手伝ってもらっただけあって美味しいねえ。かぼちゃの煮付けで感動したのは生まれて初めてだよ」
「それは自分で作ったという事もあるからそう思うのではないか? これだけの味ならそう謙遜する事もないだろう。魚が無いのは少し残念ではあるが」
「この春巻きとかも、もしかして手作りなんですか? 凄いなぁ、栞もこんなの作ってみたいなぁ」
「肉も問題なく美味えぞうん」
「大吾さっきからそれしか食ってねえじゃねえかよ。ングング、ップハ〜! 味談義に混じれねえのは寂しいが、やっぱりこいつは最高だゼ〜」
「やはり味がよければ会話も弾みますねえ。んっふっふっふ」
「ワンッ!」
「ジョンのご飯は、すみませんが帰ってからになりますねえ」
「クゥ〜ン……」
 みんな(残念ながらジョン以外の、だけど)が美味しく食べたいものを食べ、それに釣られるように話したい事をわいわいと話す。料理の作り手にとって、これは最高の褒め言葉に等しいものがあるだろう。自分ももぐもぐとおいなりさんを頬張りつつ、そんなふうに料理が趣味でよかったなあと感慨にふけるのだった。
 でももちろんその「褒め言葉」は、食べてくれる人がいて初めて得られるものだ。高校までは実際、人に食べてもらう機会なんてあんまり無かったからなあ。なんだか女々しい感じがして友人達に言い出せなかったというのが最大の原因なんだけどね。
 でもこっちでは「仕事」として僕の趣味が取り上げられて歓迎された。そのせいか、あまり抵抗も無くみんなの前に趣味を繰り広げる事ができ、今こうして「褒め言葉」を頂くに至りました。
 これが仕事になるなんて他じゃあまずあり得ないだろうし、引っ越したのがあまくに荘でよかったなあ。
「嬉しそうだね、孝一くん」
「ええ」
 食事がこんなにも楽しければ、誰でも嬉しそうにしますよ。もちろん味以外の部分も含めて、ですけどね。
「さてさて、だんだん盛り上がってまいりましたが」
 するとここでかぼちゃの煮付けを堪能し終えた家守さんが、あぐらをかいて飛び出しているその剥き出しの膝をぺちんと叩く。そしてその顔は、にこにこしながらこちらを向いていました。
「どーよ、新人君? 暫らくうちで生活してみて、困った事とか訊きたい事とか無いかな? いい機会だし、何かあったらじゃんじゃん言っちゃってよ」
 それはつまり、無礼講とかそういう事なのでしょうか。うーむ、困った事……は、特に無いかな。みんな良くしてくれてるし。訊きたい事は……あ、そうだ。……いや、でもなぁ。
 頭に浮かんだ質問は、自分が新人であるという事を受けて、「みんなはあまくに荘に住み始めてどれくらいになるんだろう?」というものだった。だけどそれは同時に「亡くなってからどれくらいになるんだろう?」と同義な質問になってしまうような気がして、口に出すよりも前に躊躇してしまう。
 でもその時、以前耳にしたある言葉が、頭の中で自動的に再生された。
『死んじゃったとか、生きてた頃とか――そういうのは気にしないで、話したい事があったら遠慮無く言って欲しいな。絶対、笑って返事してみせるから』
 プールへ行った日の夜、栞さんに面と向かって、かつ優しく言われた言葉である。
 だから。
「あのー……みなさんは、今の所に住み始めてどれくらいになるんですか……ね?」
 もちろん、栞さんの言葉が全てというわけでも無いだろう。でも、それでも僕は、もう栞さんに同じ事を言われたくなかった。だから、恐る恐るながらも口を開く。
 すると。
「私は四年に近い三年前からですねえ」
「オレは――二年前になるのか」
「俺様達もそんくらいからだゼ。大吾のちょいと後になるな」
「わたしは一年前からだな。つまり日向を除けば一番の新入りだ」
「そして逆に、アタシを除いて我があまくに荘一番の古参がぁっ!」
「はーい、栞でーす。四年前から楓さんのお世話になってまーす」
 みんなしてさらりと答えてくれた。自分がいらない気を回し過ぎなんだと、深々と思い知らされる。――昨晩の、栞さんの言葉通りに。


 それから暫らく、僕の中では意外だった最古参さんとこれまた意外だった新入りさんの話も交えて、食べ物がなくなるまで楽しい時間は続きました。あれだけあった飲み物も相当数を減らし、残るは缶ジュース数本ほどだけ。
『ごちそうさまでした〜』
 さすがに人数が人数なのでお腹いっぱいとはいきませんでしたが、それでもご満足頂けたようで何よりです。
「栞ぃ、ちょっと眠たくなっちゃったかも……」
 ジョンと同じように春の陽気に当てられ、眠たそうに目をこする栞さん。声もどこか締まりがない。どうやらその眠気は相当なものらしかった。
「ああ、じゃあ寝ちゃってもいいよ。シート出したままにしとくからさ」
 家守さんがそう告げると、「じゃあ、お休みなさぁい……」と言いつつパタンと倒れ込む。
「え?」
 その困惑した声の主は何を隠そうこの僕だ。で、何が「え?」なのかと言うと、倒れ込んだ栞さんの頭はなんと僕の膝の上にぴったり着地したんですよこれが。正座だったもんで。
 ってそうじゃなくて。正座がどうとかじゃなくてですね。
「う〜ん……枕かたぁい………」
 そうでもなくてですね。あの、顔擦り付けないでください。痛恥ずかしいですから。
「これはその、俗に言う寝惚けているという状態でしょうか?」
 誰にともなく問い掛けてみると案の定、大吾以外はみんなにやにや。
「寝惚けていると言うよりは酔っ払いだな。ほれ見ろ。これ酒だぞ」
 成美さんが手に取った美味しそうなオレンジジュースの空き缶。その下部には、「お酒は二十歳になってから」のマークがくっきりと。あらやだびっくり。
「別に嫌なら降ろしゃいいだろ。そんくらいで起きやしねえよ」
「そ、そうだね」
 大吾が良いアドバイスをくれたので、それに倣って膝の上の頭に手を添える。が、あちらさんにも大吾のアドバイスが聞こえていたのか触れた手に反応したのか、
「やだ」
 という食事の際に嫌いな食べ物が添えられた皿を前にして当たり前のように手をつけず、親が「ちゃんとピーマンも」くらいまで言った途端にそちらを見向きもせず答える子どもみたいな一言とともに腰に両手を回してきた。
 うわぁ性質悪いなこの酔っ払いさん。……って、起きてるんですか?
「おやおや、気に入られてしまいましたねえ日向君。抱き枕として。んっふっふっふ」
「ま、こうなったら仲良くするこったな。俺様は邪魔しないように光合成TIMEだゼ。一緒に来るか? ジョン」
「ワンッ!」
 ちょっとちょっと何ですかそれ。誰か一人くらい助けてくれたっていいでしょうに。それに光合成ならここでもいいじゃないか。日当たりいいんだし。
 しかしそれでも続く人はそれに続く。
「よし! アタシも光合成行ってくるよこーちゃん!」
「意味分かりませんよ!」
 と言ったところで待ってくれる筈もなく、まずはサタデー・ジョン・家守さんの三人退場。しかも「まずは」なのでもちろん後に続きます。悲しい事に。
「じゃあわたし達も行くか」
「悪いな孝一。そういう事だそうだ」
 悪いと思ってるなら行かないで頼むから……ああ………
 あっという間に残るは清さんただ一人。
「安心してください。私は残りますから」
 さっすが清さん、いい人だ。で、そのリュックから取り出した薄い長方形は一体何ですか? スケッチブック?
「桜をバックにこれは、願ってもない被写体ですねえ。んっふっふっふっふっふっふっふ」
「ちょっと清さん、それはまさか」
 紙と絵の具と筆とパレットと……
「もちろん絵を描く準備ですよ。待っててください今から水を汲んできますから」
 血の気が引いた。重みで痺れた左足からはとっくに引いてるけど。


「喜坂と日向、随分と仲がいいよな。家守ではないが、あれは見ていて面白いよ」
「いらねー茶々の入れ過ぎだと思うけどな。ほっといてやりゃいいのによ」
「ほう。お前にしては珍しく、随分と優しいではないか。自分が同じようにされたからか?」
「人の事言えんのかよ。その時はオマエだって巻き添えだろが」
「ふ。……ところで怒橋。あまりに暖か過ぎて、眠くなってきたのだが――このまま背中で寝させてもらっても、構わないか?」
「は? なんだよ急に。まあ、別に構わねーけど」
「……温かいな」
「さっき言ったぞ」
「気にするな。それではおやすみ、怒橋」


 水を汲んだ清さんが帰ってきてから後は、「私の事は気にせずに自然にしててくださいね」やら「そろそろ足が痛いでしょうが、頑張ってください」やら結構な無理を言われて身も心も疲れる時間が始まってしまいました。しかも栞さんは「やだ」を最後に本気で寝てしまったらしく、起きる気配無し。ああもう寝顔可愛いですねぇこんちくしょうさんめ。
 て言うか、なんで桜を見に来て桜と一緒に描かれる羽目になっちゃうんですか。足痛っ。


「いやーしかし、桜も若さも満開だねえ。春ってのはいい季節だ」
「ワン!」
「むう、若さはまあそうだけどな。桜ってのは、同じPLANTとして一言物申したいゼ姐さん」
「ん? なになに?」
「ワウ?」
「たとえばそこらの……人間の言葉で言うなら『雑草』だな。こいつらだって、これでも満開なんだゼ? 花は咲かさねえし、背も低いけどな。だから動物にとってのMAJORになるのは難しいのかもしれねえけど、かと言ってPERFECTに忘れちまうのは可哀想だゼ」
「あー、そっかぁ。なるほどその通りだね。……あはは、去年のこの時期にも言われたような気がするけど」
「記憶に残ってるだけでも有り難いゼ。ま、俺様の自己満足でしかないんだけどな。なんせ普通のPLANTには目も耳も鼻も口もねえし、自分以外の生き物なんて気にするどころか存在すら気付いてねえ」
「ワウ……」
「俺様だって――あと、サーズデイもか。姐さんに姿を変えてもらうまでは、魂LEVELでくっついたこいつら六匹以外には何一つ、爺さん婆さんの事ですら、知らなかったんだゼ。もちろんこいつらの記憶と話から知って、それからずっと感謝してるけどな」
「そっか」
「おう」
「ワフッ」


 そのまま暫らくモデルを続けていると、栞さんはもそもそとよく動く。と言っても腰は掴まれたままなので稼動範囲は極めて狭く、それ故ダイナミックにごろごろと言うよりはやはりもそもそ。
「……ん? おやおやこれはこれは」
 すると清さん、栞さんの様子で何か気付く事でもあったのか、そう呟きながら筆を止める。
 何だろう? 清さんに背中を向けてる事なら最初からだし、動く事自体が駄目だって言うのなら今更過ぎるし。
「日向君、喜坂さんのスカートの裾を直してあげてくれませんか? ちょっと危ない事になっちゃってますんで」
 足の痺れもあって今の今まで膝の上に乗っかっている可愛らしい寝顔ばかりに気を取られていたが、そう言われて視線を滑らせていくと、
「うわ……」
 さして短いわけでもないスカートなのにどこをどう動かせばこんな事になるのか、ちょっとどころではなくかなり危ない領域まで柔らかそうな太ももが露わになっていた。上から見下ろす形でそうなのだから、清さんからはもしかしたら既に見えてしまっているのかもしれない。何がとまでは言わないけども。
 ええい、なんかもういちいちサービス心旺盛な酔っ払いさんですねぇ。強制膝枕に強制抱きつきに強制顔擦り付けに強制チラリズムですか。まさか本当は起きて―――たら余計にこんな事になるわけないですよね。ま、とにかくもうじっとしててください。
 先程ついつい「柔らかそう」なんて劣情丸出しの形容をしてしまった太ももに(これ以上その劣情を増幅させないためにも)触れてしまわないよう、過剰なくらいそろそろと慎重にスカートの裾を直す。さっさと直すよりもいやらしさが何割か増しているような気がしますが、仕方がない事なのでほっといてください。
「んっふっふっふ。では続きと参りましょうか」
 できるだけ急いでくださいね。左足周辺の細胞はもう血行不良でどれだけ死滅したんだろうか、とか考えると怖い気もしますから。
 でもまあ眼福と言いますか、逆に目の細胞は癒された気がしないでもないでもないですがね正直なところ。いえ別に視力のほうは問題ないんですけどね。

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