一方で、愛坂と定道。
「同じ身体と言っても、中身が違えば違うものだな」
「そりゃそうでしょうねえ。喧嘩の強さがそれだけで決まるなら、武道なんてものは意味がなくなってしまうもの」
「ふうむ、暇があったらそういうものにも手を出してみるか」
「ま、あたしもかじった程度だけど」
 数回ほどの打撃の応酬ののち、一旦手を止めて会話を挟む。結果から言えば愛坂のほうが優勢だった――のだがしかし、説明を聞いて自分のものとしても尚不可解なところのあるあの鬼道の存在があるせいで、攻め切れないでもいた。
 ここで現れた優劣の差は、たったいま定道が言った通りに経験の差。更に言うならば、それなりにとはいえ愛坂が武道を体得していたことに因るものだった。このまま互いに鬼道を使わず、単なる殴り合いだけで事が運ぶのであれば、愛坂の勝ちは揺るぎようもないのだが……。
「ところで、あっちのことなんだけど」
「ああ、依子か? はは、やっぱり気になるものかな」
 言うまでもなく、そして言われるまでもなく、愛坂が気に掛けたのは田上が困惑させられたあの怒号だった。そちらに気を取られ、結果いくらか興が殺がれたのもまた、今こうして手が止まってしまっている要因の一つではあるのだろう。
「あの子、よく分かんないわねえ? ずっと静かだったから、てっきり大人しい子なのかと思ってたけど」
 愛坂がそう尋ねると、定道は返事より先に溜息を吐いてみせる。
「あれがあいつ本来の性格だよ。大人しそうだというのは私がそうさせているだけだ。暴力的なのは、振舞いも言葉遣いも嫌いだからな」
 たった今その暴力を振るい合っていたところだが、という指摘はこの際引っ込めておく。
「本来って……よくあなたの言うこと聞いてるわねえ、あれで。今の動きから察するに、喧嘩だけで言うならあなた、あの子より下でしょう?」
「その喧嘩の強さをそのまま人間関係の優劣に持ってくるような価値観なんてそれこそ最高に嫌いだが――まあそれはともかく、ちょっと見ただけで上とか下とか、よく分かるなそんなこと。私と依子が直接ぶつかったならともかく……武道の賜物というやつか? それも」
「でしょうねえ、多分」
 殴り合いは食わず嫌いだった、と定道は言っていた。つまり殴り合いを経験したのは、今回が初めてなのだろう。それに加えて武道――スポーツに類されるようなものをすら、経験したような動きではなかった。鬼道を使った時のあの動きを除けばだが、言うなればそれはど素人のレベルだったのである。
 一方の荒田は、動きまではあまり見ていないが、咄嗟にペットボトルを爆発させて田上の数人がかりの猛攻を凌いだ点だけを考えても、それなりに実戦慣れをしているように思えたのだった。
「初めてあいつと会った時」
 と、問われたことについて思考を巡らせていたところ。それを問うてきた定道の方はというと、話を荒田の側へ移したようだった。
 ――いや、移したってより戻したって感じなのかね。本人としては。
「あの在り来りかつ恥ずかしい性格に心底うんざりしてな。で、そりゃもうボロクソに人格丸ごと否定してやったんだが――そしたら私に惚れたんだそうだ」
「はい?」
「同性愛者なんだよ、あいつは」
「……はい?」
「私も初めは驚いたものだが、実際はそう悪いものでもないぞ? まあ、今となっては性別なんぞ関係ないしな」
「いやいや関係あるでしょう、性別は」
 自分だって一人の男性を恋人として迎えているし、と、その男の顔を思い浮かべるまでもない問題であった。
 そういったものが存在するということぐらいは、愛坂も知ってはいた。がしかし、甚だ信じられないことではあるのだが、この話しぶりを見る限り定道は元々「そうではない」にも関わらず、現在はそれを受け入れている、ということであるらしい。ならばその「そうではない」定道がどうして、という疑問が浮かぶのは必定というものであろう。
 ……とはいえ遠慮なく尋ねるのが憚られるような話題ではあったし、そもそも定道とはそんなところにまで踏み込むような間柄ではない。なんせ仲がどうとか今初めて会ったばかりだとか以前に、彼女は戦って倒すべき敵なのだ。
 もちろん愛坂からすれば真に目的とすべきは今目の前にいる彼女達ではなく、自分に用があるらしい彼女達の依頼者である。それ故、定道達に対する「敵」という認識はやはりいくらか薄くなってもしまうのだが……。
 と、どんどん思考を別の方向へ進ませてしまう愛坂だったのだが、しかしそんな彼女をよそに定道はというと、自分へ向けられた質問へ平然とこう答えてみせるのだった。
「そうか? でも少なくとも子どもは作れないわけだしなあ、幽霊になったらもう」
 幽霊は子孫を残せない。それは確かにその通りなのだが――。
 ――それって、理由になるのかしらねえ……?

「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死っ……し、死んでください……っ!」
 連呼しているうちにガス抜きができた、ということなのか、ここで言葉尻だけ直す荒田であった。ただ言われている側としては、そこだけ直してどうという問題でもないような気がしたりもするのだが。
「もう死んでるっつの! 幽霊だろが俺もお前も!」
「関係ありません! 死ぬまで殺します!」
 ――もう止めるぞツッコむの! それよりも……!
 棒状に固めた液体での殴打と蹴り。柄の悪い台詞の勢いに任せて、ということなのかどうかは定かでないものの、荒田は先程からただその二つを繰り返しているだけだった。
 蹴りはいいとして――まあ、いいとして、田上が気になるのは液体の方だった。既に身を以って体験させられている通り、荒田の液体を操るらしいあの鬼道は、もっと応用性に富むものだった。ならば他にやりようはいくらでもあるだろうに、この単純さというのは……と、そんなふうに思いはするものの。
「ちょこまか動くな! いでください! あああああもう大人しく死ねっつってんだろうがですよおおおっ!」
 この剣幕である。手を抜いているというふうにはとても思えず、であれば何かしら策があってのことかもしれないと、田上はそんなふうに判断するのだった。なまじあちらが過剰なまでに興奮していることも手伝い、冷静に。
 ――まあ、見たまんま怒りに任せてるだけっていうのが一番有り得そうだけどな……。
 冷静ついでに呆れもしながら苦笑いを浮かべる田上であったが、それはそれとして。
 策があるかもしれないからといって、防戦一方でいるわけにもいかない。鬼の到着を待つという話ではあったが、しかしそれは愛坂への合流を諦める理由にはならいし、そもそも例外なく人間離れした膂力を持つ修羅同士の戦いにおいて、「防戦一方」というのは危険以外の何物でもないのである。
 分身全員が受けたダメージのいくらかを、解除後に残った一人が引き継いでしまう。自身の鬼道が抱えるそのデメリットのこともあり、一旦その使用を控えて荒田の出方を窺っていた田上だったのだが……しかしそろそろ、あちらに変化が見られない以上はこちらから仕掛けるしかないか、とも。
 ――ちょこまか動くな、だったよな?
 ほんの一瞬だけ足を止める。隙という程大きなものにはしなかったが、とはいえずっとそれを待っていたであろう荒田が見逃すようなものでもない。であれば必然そこを狙って武器を、鬼道で形状を固定させた液体を振り下ろしてくる。
 ――それ!
『だァ!』
 三人掛かり。目標物の小ささもあり、最大の十人でというわけにはいかなかったものの、鬼道を発動させた田上は狙い通りに荒田の武器を受け止め、それを出所であるペットボトルごと、その手から奪い取ることに成功したのだった。
 わざと足を止めてみせた以上、田上が狙っていたのはそれだった――修羅同士の戦いにおいて「相手の攻撃を受け止める」というのは自殺行為もいいところだが、しかしその受ける側が複数人ならば、
 ――めっちゃ痛え! 手が痺れる! 折れてねえ!? 折れてはねえよな!? ねえな! よし!
「あと一本だな……!」
 引き抜いたペットボトルを後方へ放り投げ、痩せ我慢も済ませた頃には、既に鬼道が解除され一人に戻っていた田上。どうやらあちらの鬼道も解除されたらしく、放り捨てたペットボトルは、視界の外で水音を立てていた。
「…………」
 その音に反応して、というわけではないのだろうが、ここで荒田の動きと悪態が止まる。何かと思えばすいと腕を上げ、掌をこちらへ向けてきた。
 それは降参や停戦の申し出に見えないこともなかったが、まさかここまで見せていた勢いの直後にそんなこともないだろう。何のつもりだろうかと訝しんだ、しかしその瞬間であった。
 ボンッ。
 という破裂音、もしくは小さな爆発音が後方から。
 その出所を確認するよりも先に田上はその場を飛び退いていたのだが、しかし何かしら攻撃された様子もなければ、少し前のように水を撒き散らされたわけでもない。
 未だ手に残る痛みと痺れ以外に異常がないことを確認しつつ、ならば今のは何だったのかと周囲を窺ってみたところ、先程荒田の手から奪って後方へ放り投げたペットボトルがそこにはなく、そしてそれが、差し出されていた荒田の手に収まっていたのだった。
「触れてなくても問題なく操れるってことか?」
「そもそも最初から触れてはいませんよね。ペットボトルに入ってる時点で」
 言われてみれば、などと納得させられているその傍から、地面を伝っているのだろう、積もった雪の間から重力に反して液体が一筋の流れとなって立ち昇り、先程の爆発で空になっていたペットボトルに収まっていく。つまりは、
 ――痛い思いしてペットボトル引っこ抜いたのは無駄だったってことか……。
 ということなのだった。
 それについての落胆はもちろん、だったらあの鬼道はどう攻略すればいいのか、と焦りが浮かばないわけではない田上だったのだが、
 ――ん?
 荒田が仕掛けてこない。ペットボトルは手に戻り、その中も既に液体で満たされている。ならば戦闘を継続させない理由はない筈なのだが、どういうわけか直立の姿勢でじっと動かなくなってしまったのだった。
 だったら今度はこっちから、という考えもないわけではない田上だったがしかし、ここで一旦気にしてみるのは愛坂と定道がどうなったかということであった。
 すると、
『あれ?』
 荒田と意見が被ってしまった。
 愛坂と定道、戦闘どころか何やら熱心に言い合っていたのである。
「なんか、俺らどうしたらいいんだ?」
「知りませんよ」
 田上の側は、愛坂に加勢するため。荒田の側は、田上を愛坂に加勢させないため。そのぶつかり合う理由のために二人は一戦を交えていたのだが、そもそもの愛坂と定道があれでは、それこそ田上の呟き通りである。
 ――まさか口論に加わるってのもなあ。まあ、それだって加勢には違いないんだろうけど……。
 という冗談はともかく、もう一つ気掛かりなことがあった。あれだけ自分に腹を立てていた荒田が、どうして急に大人しくなったのかということである。口調が戻ったことはもちろん、そもそも手を出してこないのだ。あの恨み節を思い起こすに(あまり思い起こしたくはなかったが)、愛坂と定道のことだけが荒田が田上を襲う理由というわけではなかったように思えるのだが……?
 しかしやはり荒田に戦闘の意思はないらしく、そしてそうなればもう田上に用はないということなのか、ここですたすたと定道の方へ歩み寄り始めるのだった。
 が、そこへ「あれあれえ?」と、わざとらしいくらいに気の抜けた声が。
「このへんで血みどろの殺し合いが繰り広げられてる予定だったんだけどなあ――ん?」
 声がしたほうを見てみると、荒田の足元近くに何やら黒い穴。そしてそこから、見覚えのあるにやけ面がひょこりと顔を出していた。
「あ、さっきの」
「また会ったねえ、田上くん。ンヒヒヒヒ」
 ――そりゃまあこれも鬼道なんだろうけど、晒し首みたいで怖えなあ。
 なんせ状況が状況なのでのんびりとそんな感想を浮かべてみる田上であったが、するとその瞬間、またも爆発音とともに水が撒き散らされたのだった。
「…………」
「…………」
 ずぶ濡れになった田上と灰ノ原。もっとも、田上は初めからずぶ濡れであったが。
「ごめん、今ので眼鏡すっ飛んじゃった。近くにあるだろうから拾ってくれない?」
 ここでそんな頼み事をしてくる灰ノ原であったが、しかしいかに気が抜けているとは言っても、目眩ましの手段を使った以上は逃げ出しているのであろう荒田の行方を気に掛けないわけにはいかなかった。
 が、
「あ、はい」
 探すまでもなかったので、頼まれた眼鏡を探し始めることにした。
「離して下さい」
 ペットボトルの爆発前と殆ど変らない位置で、黒い穴から伸びた手に手首を掴まれていた荒田だった。足元のこの晒し首と同じく、あれもこの男の腕なのだろう。
 荒田の足元から頭。肩の辺りから腕。どうしようもなく位置関係がおかしいのはしかし、鬼道ならさもありなんということにしておく。
「落ち着いてちょうだいよ。そう暴れられると、間違って変なとこに手が行っちゃうかもよ? げへげへげへ」
 これまたあからさまな程に棒読み然とした笑い方であったが、しかしそんなことを言っている間に空中からもう一つの黒い穴と、そこから手錠を手にした灰ノ原のもう一方の腕が。
 しかし荒田が反応したのはその手錠ではなく、灰ノ原の発言に対してであった。
「変なとこって……や、やめて下さい! やめ――やめろやめろやめろーっ! ぶっ殺すぞこのクソオヤジがあああーっ!」
「げへ? あ、いや、冗談なんだけど」
 さすがにこの変貌ぶりを初めて目にする灰ノ原は面食らったようだ。
 が、初めてではない田上はそうでもない。故にここでも冷静に、離れた位置でも操れることが判明した水への警戒を強めてはおく。とはいえそれも、あの鬼道を封じるという手錠が掛かればもう、気にする必要はなるのだが……。
 するとその時、目の前を凄まじい勢いで何かが通り過ぎた。
 初め田上は、その何かを荒田が操る水なのかと思った。がしかし、後から理解が追い付いてみるに、それは無色透明ではなかった。
 そこから更に一瞬遅れ、何かが通り過ぎた方向へ目を遣る。
「悪いね、こいつは冗談が通じん性質で」
 勢いを殺したために出来たものだろう。引きずるような足跡の先に、定道が立っていた。その肩には荒田が担がれていたが、ぐったりとしていて――どうやら、気絶しているようだった。今のような速度からのタックルがもろに直撃したとなれば、それも仕方がないのだろう。
「また会うことになるだろうが、その時はこいつともども宜しくな。田上少年」
 それは実にお断りしておきたい申し出であったが、今回彼女らの目的が不達成に終わったことを考えれば、確かにまた会うことになるのだろう。
 ――戦うなら戦うで、それに集中させて欲しいもんだけどな。
 真面目に、と形容するのも可笑しな話ではあるが、今回この件で真面目に戦っていたのは最初だけで、あとは終始戦闘以外の要因に振り回されっ放しだった。ともなるとつい、そんなふうにも思ってしまうのだが……しかしやはり不謹慎だと、少しばかりながら自己嫌悪に苛まれたりもするのだった。
「絶我」
 一方でそんな感情とは無縁そうな定道は、そう呟いたのち荒田を肩に担いだまま凄まじいスピードで走り去ってしまうのだった。
 あちらが去るというなら、こちらからそれを追う理由はない。だがそれは田上と愛坂の理由であって、鬼としてこの場に現れた灰ノ原は――しかし同じく、「うーん。ありゃ追えないねえ」と追う気もなさそうにその場に佇んでいた。顔と両腕だけではあるが。
「いくらなんでも速過ぎるねえ。掴んでた腕引っぺがされただけでこれ、何本か折れちゃってるよ指。捕まえる以前に触れない」
 言いながら、二つの黒い穴の中へと両手をそれぞれ引っ込める灰ノ原。するとその穴は、二つともが綺麗さっぱりと消え失せた。ならば残るは頭だけなのだが、
「あの、眼鏡ありましたけど」
「あ、どうもどうも」
 その頭だけの灰ノ原へ眼鏡を差し出し、ついでにちゃんと掛けてやる田上。手がこの場にないからと言って口で受け取られでもしたら、それはそれで困る。
「指折れたって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないけど、まあ片手だけだし。それも指くらいならまあ大丈夫大丈夫」
「どっちなんですか」
 軽口のつもりはないのに軽口で返されてしまったが、するとそこへ愛坂が歩み寄ってきた。既に「定道智代」をやめて「愛坂真意」の姿である。
「すみません、何度もお手数お掛けしまして。おかげ様で助かりました」
 畏まった物言いの愛坂だったが、しかし彼女は鬼を――つまり灰ノ原を、あの二人を追い払う手段として利用したのである。それを考えるとついつい苦笑いになってしまう田上であった。
「いやいや、仕事だからね。まあもちろん、詳しい話を聞かせてもらっちゃうけど」
 当然灰ノ原がそんな愛坂の思惑を知る余地はなく、なのでそのまま「ちょっと待っててね、相方さんに報告してくるから」と言い残し、黒い穴の中へ顔を引っ込めてしまった。
「相方って、あのナース服の人ですかね?」
「じゃないの? 桃園さん、だっけ――あら、あっちに見えてるじゃない」
 ちょうど面していた道の向こうに、その女性は立っていた。
 ――ああ、外でまでナース服ってわけじゃないのか。
 桃園の隣には車椅子に座り白衣を着、首辺りの位置に浮いている黒い穴を避けるように頭を屈めている男性も一緒だった。そして穴から穴へと伝わっているのだろう、こちら側に残っている黒い穴から、ぼそぼそと話し声が。
 後にそれが済んだのか灰ノ原が再び穴へ頭を突っ込み、ならばこちらの穴から彼の頭が。
「『手違いで怒らせて逃げられちゃった』って言ったら、怒られちゃったよ」
 そりゃそうでしょうね、と田上は思う。こればっかりは愛坂も同様だろう。
「まああれは仕方ないですよ、俺もわけ分かんないことでブチ切れられましたし。えーと、ところで、なんですけど」
「ん? 何?」
「あれ凄かったですね、荒田――あの仮面の女の腕掴んでたの」
 ペットボトル爆発による水しぶきの中、灰ノ原は彼女を捕えていた。田上と違い灰ノ原はあの目眩ましを初めて受けたのだということを考えれば、それは驚嘆すべきことであった。身体能力だけでなせる業ではないだろう。
「やっぱ凄いもんですね鬼って」
「あー、あれ? いや、そんな褒められた話じゃなくてね」
「え? いや、だって」
「いきなりぶん殴られても困るし、ってことで安全を考慮してのことではあるんだけど、頭の位置がこれなもんで――ぶっちゃけあの女の子、スカートの中丸見えでさ。だから肩でも叩いて『見えてますよ』ってお知らせしようと思ったんだけど、そんなところにあれでさあ」
「…………」
「ビックリして咄嗟に掴んじゃったってだけなんだよねあれ。いやあ、真っ白な仮面に似合わずド派手な――あ、この話、もうすぐ来る相方さんには黙っててね? 覗きたくて覗いたわけじゃないけど、また怒られるのは間違いないし」
 紛うことなき実戦だったというのに、その最中どころか事後処理までこんなに脱力しっぱなしでいいんだろうか。そんなふうに思わずにはいられない田上であった。
「こちらに聞こえていると分かっていて仰ってますよね、灰ノ原さん」
 灰ノ原の首が生えている穴の向こう側から、女の声。聞き覚えのある冷ややかな声だったが、それに対して灰ノ原は、慌てる様子もなく「ンヒヒヒ」と笑うのみなのであった。

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