「あー、なんせなけなし以下ですからねえ。そんな分かり易く乱暴になるくらいだったら、まず俺以前に千秋の奴が乱暴な性格になってますよ」
「そっか。そりゃまあそうだね。いやはや、暴力性なんて人間だれしも大なり小なり持っているものとはいえ……ンヒヒ、大小ってことなら緑川くんの場合は一体どれだけ小さい割合なんだろうねえ、彼全体の中で」
割合。人一人の人格内における、特定の感情が占める割合。珍しく医者らしい――というのは千春の偏見なのかもしれないが――小難しい話をしてきた灰ノ原だったがしかし、それを聞いた千春は、うっすらと笑みを浮かべた。
「でも灰ノ原さん」
「ん?」
「割合ってことなら、俺は百パーセント『それ』ですよ」
それを聞いた灰ノ原は、うっすらと笑みを控えさせた。それを見てというわけではないが、千春は自分を指し、おどけた口調でこんなふうにも。
「いくら割合が大きくたって、元が『あれ』じゃあ『これ』ですけどね。いや別に、良い子だって言われて悪い気がするわけじゃないですけど」
良い悪いはともかく高校生にもなって完全な子ども扱いをされている点についてはどうかと思わないでもなかったが、今それについては横に置いておく。灰ノ原の笑みは元に戻っていた。
「だからまあ、憧れるってくらいですかね。例えば灰ノ原さん達を見て、自分もあれくらい強かったらなあ、とか」
すると、今度は桃園が。
「自分で言うのも何ですが、それくらいは誰でもあるものではないでしょうか。私達のような非現実的な力の持ち主を前にしたのなら」
「非現実的って、自分でそこまで言っちゃう? それをお仕事の種にしてるくらい全力で現実しちゃってるのに?」
現実しちゃってるってどういう表現ですか、というのはともかく、その灰ノ原の指摘はもっともでもあるのだろう。例えばそれがまず幽霊の実在からして知り得ていない人物の発言であるならともかく、その幽霊でかつ鬼ですらある当人がそれを言うというのは、まるで自分でも今の自分の存在を信じていないような――と、千春がにわかに不安にさせられていたところ、桃園は上を見上げてこう言った。
「天井を突き抜けて二階上まで飛び上がることを前提とした建物なんて存在しませんからね、この世には」
――…………。
天井。建物。それはつまり、現実的かどうかを定めるのはそもそも当事者ではなくその周囲、もっと言えば社会全体だ、という話なのだろうか。常に淡々としているせいで桃園の話からはその本気度が窺い知れず、ならばこうして真面目に受け取ってみるというのはもしかしたら的外れなのかもしれなかったが、しかしだからといってさらりと聞き流せもしない千春なのだった。
なんせ、自分も幽霊なのだ。二階上まで飛び上がるようなジャンプ力を有していなくとも。
「いやいや叶くん、そんなヘンテコな建物はあの世にすらないよ?」
一方いつもの調子でそれに応じる灰ノ原によると、桃園が言うような建物はあちらにもないらしかった。となるとこれは珍しく桃園の側が苦しいのでは――などと若干の期待も含ませつつ、二人の優劣をそう判断する千春だった。
が、しかし桃園は平然としたもので、
「その『あの世』自体が非現実的なものですからね。こちらからすれば」
あっさりそう言い放つのだった。
「ンヒヒ、そりゃまあそうか」
そして灰ノ原も、あっさりそれに納得してしまうのだった。
「え、そんな扱われ方するものなんですか? あの世っていうのは」
それは意外、というかいっそ驚きに値することだった。灰ノ原と桃園、ひいては鬼達は全員がその「あの世」から仕事のためにこちらへ送り出されているわけで、ならばヘンテコな建物の話どころではなく、それが「非現実的である」ということになどなりそうもないのだが。
「ん? んー、そこらへんはねえ、こう、何と言うか……」
どうやら説明が難しい話であるらしく、そしてつまりは説明を必要とするようなしっかりした背景がある話でもあるらしく、灰ノ原は困ったような仕草をしてみせてくる。
とはいえ表情はそれまでのまま、つまり笑ったままなので、ちぐはぐな感も否めないではなかったのだが。と、苦笑しながらそんなふうにも思っていたところ、
「おおそうだ、良いこと思い付いた」
と、灰ノ原。
「つまりはあまり良くないことですね」
と、桃園。もはや何をかいわんやである。
「まあまあそう言わないでよ、今回は本当に良い案だと思うからさ。自信あるよぼく」
「その自信とやらは考慮対象外ですので、案の中身のほうをお願いします」
「うん。いやほら、千春くん鬼に憧れてるって話だったでしょ? だから、鬼についての質問コーナーとか開いてみようかなってね」
「大体のことは黄芽さん白井さんから既に伝わっていると思いますが」
「それはまあそうだろうけど、遠慮して訊けないってこともあるんじゃないかなーってね? やっぱりほら、死んじゃった後の話ってことではあるわけだし」
桃園からそれ以上の反論は出てこなかった。納得したというのもあるのかもしれないが、それ以前にまず積極的に阻止に掛かる理由がないから、ということでもあるのだろう。桃園が灰ノ原に納得させられたりしたらもっと嫌そうな顔をしそうなものだし、というのは、千春の勝手な想像なのだが。
そしてそれはともかく、鬼についての質問コーナーを開くという話である。ならば千春としては質問を考えなければならなくなるのだが――正直なところ、彼はこの上なく乗り気であった。桃園が切り捨てた灰ノ原の自信は、見事に的を射ていたということになる。
それが先程の質問、「あの世の扱われ方」とどう関わってくるのかはまだ判然としなかったが、しかし気になりこそすれそのことに気勢を削がれるようなことは、全くと言っていいほどなかった。
「あ、じゃあ早速いいですか?」
特にそうする必要もなかったのだろうが、この上なく乗り気な千春は手を挙げすらしつつそう尋ねる。
「どうぞ」
発案者である灰ノ原を差し置いて桃園が進行を務め始めたが、差し置かれた当人がまるで気にしていないふうなので、それは横に置いておいた。
「なんせ危ない仕事なんですし、二人組っていうだけならまあ、安全のためとかそういうことなんでしょうけど……鬼って、なんで男女一人ずつでペアなんですか?」
「おっとお? ンヒヒ、さすがは男子高校生。目の付けどころがやらしいね」
「というような話ではないので悪しからず」
――あ、違うんだ……。
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