「手抜きの結果ですよ」
 期待していた、という程ではなかったにしても若干の肩透かしを食らっていたところ、しかし当然ながらそんなことは気に掛けてはくれない桃園なのだった。いや、気に掛けられた方が余程大きな痛手になるのだろうが。
「て、手抜き? ですか?」
 痛手はともかく、肩透かしの次は困惑に見舞われることになった千春。期待――ではなくて――想定が外れたというのは間違いないにしても、しかしそれはあまりにも外れ過ぎていたというか、いっそ言われた今でも自分が向けた質問と結び付けられないでいるのだった。
 手抜き。
「力」に、延いてはその象徴とも言える鬼に憧れを抱く千春にとって、それはその鬼の業務体系に関わるところで出てくるような言葉としては、全く以って不適格なものだったのだ。
 もちろん、自分の感想と桃園の言葉のどちらが信憑性が上かということくらいは、分かっているのだが。
「はい」と抑揚なく肯定してみせてから、「少々前置きが長くなりますが」という前置きの前置きのもと、桃園はこう続ける。
「事件の容疑者を特定する紫村さんのような方達を隠、特定された容疑者を確保する私達のような者を夜行と呼ぶ、ということは千春さんならご存じかと思いますが――夜行の採用数は男女同数とすると、初めから決められているのです。荒事に身を投じるとなればやはり男性の方が向いているということになるわけですが、それを理由に男性ばかり採用するには、見返りが大き過ぎますので」
「あ、呼び方が隠と夜行で分かれてるのは知ってましたけど」
 浮かんだ質問は積極的に挟む。というのは、そうしないと分からない点を残したままノンストップで最後まで説明を続けられてしまいそうだと感じたからだった。
 しかしそうしていざ説明を遮ってみると、無用な心配だったのではなかろうか、なんてふうにも思わせられてしまうのが桃園という人物だったりもするのだが。
「ええと、その大き過ぎる見返りっていうのは?」
 よっぽど給料がいいんだろうか。そんな無難で素直な想像をしつつそう尋ねてみた千春だったものの、しかしそんな考えを見透かされたか、ここで灰ノ原がいつものように笑ってみせる。一方では桃園も、本人は笑いこそしなかったものの、その灰ノ原のひと笑いが収まるまで返事を待たせるのだった。
 そして。
「こうしてこの世にいられることですよ」
 そう答えた。
 ――…………。
 何をか思わないではない千春だったが、しかしそれが纏まるよりも先に、桃園は説明を再開させる。
「夜行は二人一組で仕事をする、ということで、採用試験の時点から既に二人一組にさせられるんです。協調性がない人間はそこで弾かれるわけですね。よく合格できましたね灰ノ原さんは」
「ンヒヒ、パートナーに恵まれたからねえぼくは」
 そう言って笑ってみせた灰ノ原は、そのついでということなのか、説明を桃園から引き継いだ。
「で、その二人一組っていうのが男女一人ずつなわけ。そのうえで組ごとに採用不採用を決めていけば、自動的に採用が男女同数になるからね。ここが叶くんが言ってた手抜きポイントだよ」
 組ごとにって、それだと二人のうち片方だけが優秀だったとしても二人一緒に不採用、なんてことになるんじゃあ。そんな疑問を頭に浮かべた千春はしかし、それを口に出して尋ねるよりも先に、だからこその「手抜きポイント」なのだろうと察しを付けた。
 男女別に順位を付け、その上位から採用していく。試験の内容も採用の基準も分からないにせよ、できないことではないと思うのだが――そう思うと、それは実に「手抜き」以外の何物でもなさそうなのだった。
「定員分の採用が決定した後、現場で実際に誰と組むかは男女を問わず自由とされているのですが、殆どの方は採用試験の時と同じ相手を選ぶそうです。まあ、幾らかでも知り得た相手とわざわざ離れるメリットはありませんしね」
 肯定的な結びをしてみせる桃園だったが、しかしそれに対して灰ノ原は、「ここも手抜きポイントね」と逆に否定的な見方を示すのだった。
 が、
「なんせ危ない仕事なんだし、じゃあちょっとでも強そうな人を選んだほうがいいんだろうけどねえ、本当なら。でも人間、やっぱり楽しちゃうよねえ。ンヒヒヒヒ」
 と、自分の頭を軽く叩きながらそんなふうにも。その仕草と言い方からして、どうやら彼自身も手を抜いた側だったらしい。
「で、そうなると一部の別の人と組みたい捻くれ者も、他の人がみんな試験の相手と組んじゃって行く所がないからやっぱり試験の相手と組まざるを得なくなっちゃう、っていうね? ンヒヒ、いやあその節は申し訳なかったね叶くん」
「申し訳ありませんでした、捻くれ者で」
 というのはつまり、灰ノ原は試験から引き続き桃園と組むことを望んだものの、一方で桃園は他の誰かと組みたがっていた、ということになるのだろう。
 が、それについては、
 ――ああ、冗談だなこれ。
 と、即断する千春なのであった。故に次に投げ掛けた質問は、確証を得るためのものというより、二人に対するちょっとした意地悪のようなものだったのかもしれない。
「一ついいですか? 質問」
「はい、千春くんどうぞ」
「そもそもの試験の時に誰と組むかっていうのは、勝手に決められるんですか?」
「んや、そこも各々の判断に任されてるよ。気が合いそうな人を自分で探してねってね」
 気が合いそうな人を、という部分を強調し、しかもそれを尋ねた千春ではなく桃園に投げ付ける灰ノ原。対して桃園は、何も言わないでいるのだった。
 ――ほらやっぱり。

<<前 

次>>