「心外だなあ澄ちゃん。ナース服っていうのは立派な仕事着なわけで、それに対してどうこうって話をしたならともかく、ただちょっと言及しただけでエロオヤジってるっていうのは、誇りを持ってその仕事に就いている方達に失礼だと思うよ?」
「今そういう言い訳は結構だから」
「はい」
 なにやら語り始めた藍田だったが、水野に窘められるとあっさり引き下がってしまう。それが彼女らしくないといえばらしくない剣幕からなのか、それともやっぱり図星だったからなのかは――千春としてはやはり前者を重く見る形で、あまり意識しないようにしておいた。
 ただ、そんな水野に対していつもと変わらない調子でいる藍田を見ていると、それもただ気にし過ぎなだけのように思えてこないでもない。彼女らしくない剣幕、などとは言ってはみたものの、しかしそれは普段の彼女がのんびりぼんやりし過ぎているだけであって、その普段との比較を抜きにすれば、ただほんの少し不機嫌そうにしているだけではあるのだ。誰にだってあるものだろう、それくらいのことは。
 ――やっぱり澄ちゃんも普通の女の子なんだなあ……って、機嫌悪くしてるところ見てほっこりさせられるのもどうなんだ俺。
 これまで家族同然の相手として付き合って来、常に気の抜けたような調子でいる割には妙に目上、つまりは姉ぶろうとしてきた水野。公衆の面前で膝の上に座らせようとしたり等々、それもやはりどこかズレたものではあったのだが、という話はともかくとしておいて。
 彼女のそんなところにもそれはそれで親しみを覚えつつ、しかし苦笑いを浮かべさせられるような側面もないではなかった千春にとって、今の彼女のような「普通な」一面というのは、肯定的に捉えられるものなのだった。
 そしてそれが顔に出てしまわないよう努力もしている千春の前で、その水野と藍田の話は続く。
「じゃあ澄ちゃん、この後どうするかは任せてしまっても?」
「そりゃまあ、あたしの話なんだしねえ。いつかはこうなると思ってたし――いやまあ、その相手が千秋じゃなくて千秋のそっくりさんだなんてことは、そりゃあ全く想定してなかったんだけどさあ」
「はっ、はっ、はっ。世の中面白い巡り合わせもあるもんだねえ、相変わらず」
 しかもそのそっくりさんがそっくりさんどころか同一人物とも言えてしまうような存在なんだしなあ、というのは、まだそこまで説明していない以上、藍田ではなく千春が考えたことではあったのだが――「相変わらず」っていうのは何のことだろう? とも。
 そしてそれ以上に、
「あの、澄ちゃん。なんか思った以上に重大な話っぽくなってきてるんだけど、いいの? 俺で。千秋じゃなくて?」
 という心配があった。それが「自分が立ち会っていいのだろうか」ではなく「水野はそれでいいのか」という相手側に重きを置いたものだったというのはやはり、それなり以上に親密な間柄故のことだったのだろうが――自分と千秋の関係を伝えていない以上、あちらはそんなふうには受け取らないのだろう。
 しかし水野はそこで、いつものあの気が抜けそうな笑みを浮かべた。
「ああ、それは別に問題ないよお。今ここで千春くんに話したからって千秋に話せなくなるわけじゃないし、それにそうやって心配してくれるってことは、千春くんもいい人っぽいしねえ。千秋の知り合いなら全くの赤の他人ってことでもないんだし」
 知り合いどころではない、という話はともかく。
 いい人っぽいからで済ませていい話なのだろうか、といつものように心配させられる千春。しかし一方、心配交じりに嬉しくもさせられるところはやはり水野だなと、疑問と同時に納得をも引き出されていたのだった。
「それに悪い人だったら、そこにいる鬼の人がただ横で立ってるだけなわけがないんだしねえ」
「ああ、あはは、そりゃ確かに」
 二人揃って鬼の人、つまりは桃園に目を向けてみたところ、しかしやはりと言うべきか、彼女はいつもの無表情を崩さないのだった。
 ――そういう意味では似てるのかな、澄ちゃんと桃園さんって。崩さない調子の方向性は真逆だけど。
「というわけでまあ、あたしは幽霊のことも鬼のことも、実は知ってたわけだけど」
 ――しまった、一緒になって笑ってたけどこれそういう話だった。
 慌てて表情を切り替える千春だったが、しかし初めから笑顔でいた水野だったので、それを見て笑われたのかそうでないのかは、判断しにくいところなのだった。とはいえたとえ後者だったとしても、相手が水野である以上はそれに不快感を覚えるような千春ではないのだが。
「でも、ただ見えるってだけじゃないんだよねえ。だからこそ今まで『見えてないふり』ができたっていうか……」
とここで、水野の声と表情に陰りが差す。千春にとっては「実は幽霊が見えていた」と断言されたことだけでも大事だったのだが、しかしそうなのだ。幽霊とそうでない者は外見から見分けられるものではなく、なのでただ見えるだけでは「見えないふり」などできようがないのである。
 ならばそこにどういう条件が加わればそれが可能になるのか、というのは、ここまで全く思い付けないでいた千春だったのだが――。
「見える見えない以前の話なんだよねえ、これが。視界に入ってなくても幽霊がどこにいるか分かっちゃうっていうか……まあ、要するに、霊能者ってやつなんだよあたしって」
 そう言われてそうだったんですかと納得できるかと言われれば、そこはやはりできたものではなかったのだが――しかしそこで、不意に浮かんできたのは水野に纏わるある別の話だった。
 彼女は今、祖父と祖母の元で暮らしている。そしてそれはただ祖父と祖母に預けられたという話ではなく、
「で、それが過ぎて家追い出されちゃってねえ」
 そのおかげで千秋とご近所付き合いができたんだけどね、と、笑ってそう言って退ける水野なのだった。

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