追い出された先が祖父と祖母の家とはいえ、そして追い出された後でもその追い出した両親との関係は良好であり、橋渡し役である筈の藍田に仕事をする隙がないほど頻繁に連絡を取り合っているとはいえ――それでもやはり、「家を追い出される」というのは途轍もない話である。
 故に、千春は納得していた。
 実は霊能者で、しかもそれが過ぎて、という話自体には理解が及ばないところももちろんある。しかし「それくらいのことでもないと家を追い出されるなんてことにはならないんだろう」と、その突飛さ大袈裟さにおいてのみ、家を追い出されるという結末に合致していると思えたのだ。
 そしてそれはもちろん水野への信頼、つまりは嘘や冗談で言っている筈がないという確信があってこそのことだった。
 の、だが。
「……あれ?」
 しかし今の話が本当だとすると、と千春は首を傾げざるを得ない点に気が付いた。
「霊能者が過ぎる――ええと、それって霊能者としての力がとんでもなかったとか、そういうことなんだろうけど……でも澄ちゃん、こっちに引っ越してきたのって幼稚園にも入る前だったよね?」
 それはつまり家を追い出された時期とイコールなのだが、であればつまり水野は、そんな幼いにも程がある時期にその「とんでもない力」を発揮してみせたということになる。当然ながら何があったかなど想像のしようもないわけだが、しかし何にしても、違和感の拭えない取り合わせではあった。
「あらあ、そんなところまでご存じで?」
 水野はそう言って、嬉しそうに微笑んでみせた。
「んふふー、なんか思ってた以上に千秋と仲良しさんなんだねえ千春くんは。そういうの人にはあんまり話したがらないんだよ? あの照れ屋さん」
 ――しまった、完全に自分の記憶として喋っちゃってた。
 というのも実のところ今更な話ではあるのだが、しかし水野に気にする様子がないので下手には触れないようにしておく千春だった。この後どうせ、自分の話もすることになるのだ。
「でも残念ながら年齢はあんまり関係なかったんだよねえ。力があってもお子様にはそれを上手く発揮する頭がない、なんてこともありそうでなくてさあ」
「ええと……じゃあその、具体的には何がどうなって分かったの? 澄ちゃんが、こう、実は凄い霊能者だったっていうのは」
 見るまでもなく幽霊の位置が分かる、というのは確かに年齢やそれに伴う思考の幼さにはあまり関係しないのかもしれないし、その幼い子どもがそんなことを言い出せば、親としては「何らかの対処」をしようと考えるものなのかもしれない。
 が、しかし水野は先程、その「見るまでもなく幽霊の位置が分かる」という話を下地にして「それが過ぎて」と言ったのだ。つまり、それ以上の何かがあったと。
 水野は躊躇うでもなく、極めてスムーズに千春の質問に答えてみせた。
「あたしに触った幽霊さんが消えてなくなっちゃったんだよねえ」
 ――…………!?
 千春の背中に何かがぶつかった。桃園だった。
 そして、その桃園に動いた様子はない。これまでと変わらず、彼女は直立した姿勢のままだった。となれば、つまりは。
 ――俺、今、怖いと思ったのか? 澄ちゃんのことを、後ずさる程に?
 自分も幽霊だからか? そう考えてもみる千春だったが、とてもそうだとは思えなかった。自分でもまだ今のこの、千春としての在り方に順応できているわけではない――幽霊の話をされたとして、それを無意識のレベルで自分に結び付けられる程にまでは至っていない。話を聞いた後になって初めて「自分も幽霊だからか?」と思っているようでは、間違いなく「間に合っていない」のだ。
 となればこれは、水野に触れれば自分も消えてなくなってしまうのか、という形での恐れではない。
 ただ単に、水野澄という人物それ自体を恐れたのだ。
 ――嫌だ! それは! そんなのは!
 顔を俯かせ、そのうえその俯かせた顔を両手で覆いまでして、千春は今の自分を水野から隠そうとした。
 家族同然の間柄。兄妹同然の間柄である相手に向けるような感情では、向けることが許されるような感情では、それは全く以てなかったのだ。
 恐れと、その恐れに対する憤りに肩を震わせる千春だったが、しかしそこへ優しく下ろされる手があった。
「一つ質問しても宜しいでしょうか」
 桃園だった。
「ああ、いいですよお」
「貴女に触れた幽霊が消滅した、とのことでしたが、それを理由に家を追われたということは、ご家族の方も幽霊と関わりのある……いえ、『幽霊と関われる』方々でいらっしゃる、ということになるのでしょうか」
 ――!
 そうだ、全く意識の範疇になかったけど言われてみたら確かにそうなる。幽霊のことは見えない聞こえない信じてない、じゃあ消えようが何しようがそもそもそれに気付けないわけだし。
 ……でも、じゃあ身内の全員とまでは言わないにせよ、殆どの人が「見える人」ってことになるんだろうか? 一人だけそれを確認できたとして、その人が一人だけでそれを騒ぎ立てたとしたら、変に見られるのはまだちっちゃい澄ちゃんよりその人のほうになりそうだし。
 うーん……でも幽霊が見えるとかって家族全員でとか、もっと言えば血筋でとか、そういうものじゃないと思うんだけどなあ。俺の家だって見えるのは俺だけだし――あ、いや、元を正せば「千秋だけ」ってことになるんだけど。それにそうそう、そもそも俺の場合は俺自身が幽霊なんだし。

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