分からないことだらけだったが、しかしそのおかげで頭はしっかり働いてくれた。もちろんそれだけが理由ではなく、その間にも肩に乗せられたままになっている桃園の手のおかげもあるのだが――どころか、いっそそちらのほうが要因としては大きかったのかもしれないくらいだったのだが。
 と、そんなふうに思ったところでその桃園の手が肩から離れ、そしてそれを見届けたかのようなタイミングで、水野は続きを話し始める。
「幽霊が見えて、見なくても位置が分かって、触ったり触られたりしたら消し去っちゃう――んですけど、でも自分がそんなだからって『霊能者』なんて名乗るかっていう話ですよねえ。別にそれでお金稼いでるとかでもないですし」
 言われてみればそれもそうだ、とそこは素直に受け入れる千春。水野ほどではないにせよ、幽霊が見えるだけではあるにせよ彼にもそういう「能力」の一片くらいはあったことになるわけだが、しかしそれを理由に霊能者を自称しようなどと思ったことは一度もなかったのだ。
 霊能者という肩書きは、それを使って何かをどうにかしようとした時に初めて必要になる、ということなのだろう。
 ならば、そういうつもりがなかったという水野の場合は何故?
「ではやはり、ご実家の方が?」
「はい」
 こういう話には察しが効くのか、やはり、などという一言を挟んでしかも見事的中させたらしい桃園。となればこれまでにも何度かそうしてきたのと同様、そんな彼女には感心させられる千春だったのだが――しかしここでは、不意に押し寄せた胸のざわつきがそれを押し退けてしまう。
 澄ちゃんの実家は物凄いお金持ち、という話はずっと昔から知っていたことだが、その実家がどんな仕事を生業としているのかは知らなかったし、特に知りたいとも思ってこなかった。そしてそんなスタンスでいた以上、その仕事が何であったにせよ頓着しないでいられる自信がなかったわけではない。
 ……が、複数人の幽霊を友人として迎えているうえ、今では自分自身すらも幽霊となったところで「霊能者」と言われると、どうやらそうもいかないらしかった。
 ――自分勝手だなあ、俺。
 自嘲気味にそう思ったところで、水野は話を続けた。
「先祖代々そういう仕事を――まあ、してた、んですよ。あはは」
 していた。過去形。自分勝手だ、などと思った手前素直には喜べなかったのだが、とはいえそれは、千春の胸のざわつきを鎮めてくれる話だった。
「何代か前からは普通に会社経営してるだけですしねえ。土地がどうのこうのとかいう」
 ――何代か前とか土地がどうのこうのとか、これ澄ちゃんもはっきり知ってるわけじゃなさそうだなあ……いや、澄ちゃんらしいんだけどさ。
 気が晴れる、というのは正にこういうことを言うのであろう。胸のざわつきを鎮められるどころか、そのままあっさりと普段の調子にまで戻され切ってしまう千春なのだった。
 特にそれを隠そうと思ったわけではなく、ならばそれはほぼそのまま顔にも出ていたのだろう。ふとこちらへ視線を流してきた水野は、するとそれまで浮かべていたいつもの緩い笑みを、少しだけ深めてみせるのだった。そしてそれに合わせ、「さて」と。
「あたしの話はこれくらいですかねえ。こういうわけなんで、千春くんと……ああ、そういえばお名前聞きそびれてましたっけ、そちらの綺麗なお姉さん。せっかく教えてもらえそうになったところで藍田さんがナース服がどうとか言い出したせいで」
 そういえばそうだったっけ、というわけで、水野と同様の責めるような視線を藍田に向ける千春。しかしその藍田はというと、
「駄目だよ澄ちゃん。綺麗なお姉さん、なんて言ったら『ああ私のことですね』って言い難くなっちゃうでしょうが」
 などとのたまってみせるのだった。
 …………。
「申し訳ございませんでした」
 少々の間を置いたところで、勝手に謝り始めもするのだった。
 そして、
「桃園叶です」
 藍田が指摘した内容を気にする素振りは見せず、しかしその割には藍田が謝るまでの間を作ることにはしっかりと参加したりもしてから、桃園は自分の名を告げるのだった。
「桃園さんですね」
 復唱しながら浮かべられた水野のその笑みが桃園に対するお愛想なのか、それとも藍田のことを嘲ったものなのか、気にならないではない千春だった。後者だったらちょっと悪かったかな、とも。
「では桃園さんと千春くん、くれぐれもあたしには触らないようにお願いしますねえ。あたしのこれ、後からどうにかできるようなものじゃないらしいんでえ」
 ――触った幽霊が消えてなくなってしまう、っていうやつのことか……。
 やはり言い淀むでもなくあっさりと言い放ってくる水野だったが、しかしそのことについては先程よりも余裕を持って相対することができた。
 今ここで初めてそれを知った自分達と、自分の能力としてずっとそれと向き合ってきた水野本人。話をするに際して同じような調子でいられるわけもなし、ましてやこちらに合わせろなどというのは、無理を通り越して理不尽な話ということになるのだろう。
 それを知って間もないということもあり、ならばもちろんまだまだ「そう思う」というよりは「自分にそう言い聞かせる」というような段階ではある。しかし少なくとも、それを誤魔化しや間違いだとは思わないではいられる千春なのだった。

<<前 

次>>