なんでテメエまで一緒なんだよ。
 ……とは言われなかったが、しかし言っているのと同じくらい、下手をすればそれ以上に、千春の表情は緑川にその意思をぶつけてくるのだった。
 灰ノ原と桃園が住み、そしてつい四日前からはそこに千春が加わることになった廃病院。黄芽達が廃工場で会議をしている間、緑川は双識姉弟、黒淵の三人と共にここを訪れることになったのだ。
 緑川は考えた。確かに千春の言う通り――いや、だから言ってはいないのだが――今回のこの訪問は「双識姉弟の面倒を見てもらう」という目的によるものであり、ならばそこへ自分が同伴する必要は全くないと言っていい。そして、その双識姉弟の前だからこそ千春は先の文句を言葉にはしなかったのだろうが、しかし同時にその双識姉弟の前だからこそ、相対的に自分への嫌悪感が強まっているのだろう、と。
 その発想に行き着くのは、ごく自然なことだった。なんせ目の前にいる千春という人間は、自分と同じだけ双識姉弟を好いていて、自分と同じだけ自分を嫌っているのだから。
 ただし、ここで言う「自分」というのは飽くまでも「緑川千秋」のことであり、なので千秋から見た千春が同じように嫌悪感を抱かせるものかと言われると、全くそんなことはないのだが。
「おんなじ顔ー!」
「おんなじ顔ー!」
 そんな緑川と千春の無言のやり取りを知ってか知らずか、ここで双識姉弟がはしゃぎ始める。顔は同じでも表情のほうは随分と違っているのだが、珍しいものを見た子どもとしては、そこを気に掛ける余裕はないということなのだろう。
 ――いや、でも赤ちゃんも青くんも結構察しのいいところあるし、不機嫌そうな千春を見てってことなのかもしれないけどね。
「あはは、従兄弟だからってこんなに似てなくてもねえ?」
 なにかにつけ二人から励まされた経験のある緑川は、笑ってそう返しながら千春の傍へと歩み寄る。自分がそう思うということはつまり千春も同じように、ということになる筈なので、
「見分けがつくのが幸いだよな。お前みてえに辛気臭え顔してねえし俺」
 やはり笑ってそう返してくる千春なのだった。だったら言葉のほうのトゲも抜いてくれたほうが良かったなあ、と思わないでもなかったし、笑いながら嫌味言うって今後も続けるならそれ結構難しいんじゃないかなあ、などと妙な心配もさせられてもしまうのだが、そこは本人の判断に任せておくことにする。
 ――本人の判断、かあ。別々の二人になった時点で何もかも同じってわけにはいかないもんだよねえ、やっぱり。
 それが良いことなのか悪いことなのかという判断にまで考えが及んだわけではなかったが、しかしそんなふうにも思わされてしまう緑川だった。
 なんせ同じなのは大元にある人格だけで――いや、本来それは「だけ」などと表現すべきものではないのだろうが――今ではもう住んでいる家からして違っているし、更にそれ以前の話として、千春は幽霊なのだ。その二点だけで考えても日常生活は完全な別物になってしまうのだろうし、となればそれはもう、別の人生を歩んでいると言ってしまっても過言ではないのだろう。
 ――まあ、まだたった四日目なんだし、だったらやっぱり過言かもしれないけどね。
 というようなことを考えている一方、その千春と仲良さげに並んでみせたことで双識姉弟がいっそう楽しげな空気を発散し始めたことの確認もし終えた緑川は、軽く辺りを見渡すようにしてからこう尋ねる。
「ところで千春、桃園さんは?」
「あ? ああ、飲み物と食い物の準備してくれてるよ。別にここで待たなくても先に上がってくれれば……ってしまった、誰の部屋行きゃいいか聞いてねえや俺」
 そう言ってたった今緑川がそうしたのと同じように、しかし軽い焦りが含まれているように見えないでもない様子で千春が辺りを見渡すようにしたところで、廊下の角の向こう側からこちらへ近付く足音が。
「お待たせ致しました」
 灰ノ原が出払っている以上は他の誰であるわけもなく、現れたその人物は今話に出ていた桃園だった。
『叶お姉ちゃんこんにちは!』
「今日は、赤ちゃん青くん」
 はしゃいでいた勢いをそのまま乗せたいつも以上に元気な赤と青の挨拶に、あちらからもにっこりと挨拶を返してみせる桃園。しかしそうして下げられた顔が正面を向く頃には、やはりいつもの無表情が出来上がっていたのだった。
 ――さっきの笑いながら嫌味って話じゃないけど、桃園さんのこれもそれはそれで結構器用だよなあ。
「丁度準備ができたところですので、このまま千春さんの部屋までご案内します」
「あ、俺の部屋なんですか」
「もちろんです。皆さんに今日ここに来て頂くことになったのは、それが目的の一つ、ということにもなるのでしょうしね」
「あー、でしょうねえ」
 桃園と千春がそんな遣り取りを経たところで、
「千春お兄ちゃんのお部屋行きたーい!」
「行きたーい!」
 再度はしゃぎ始める双識姉弟なのだった。行きたいも何も今から行くという話をしていたところだったのだが、この勢いの前ではそんな細かい指摘をするほうが馬鹿らしいというものだろう。
「うん、やっぱり」
 分かり切っていた反応に、そう悪くもなさそうな笑みを浮かべてみせる千春なのだった。
 そんな彼のその様子、そしてその直前の桃園との遣り取りを見て、緑川は少し安心するところがあった。
 ――最初はどうなるかと思ったけど……いや、「最初の最初」はそんなことを気にする余裕がなかったんだけど、上手くやってるみたいだな千春。後から思い返すと怖かったもんなあ、あの時の黄芽さんと白井くん。
 千春が自分と同じだけその二人を好いていることを思うと、それはその二人のその時の怖さ以上に怖いことだったが――と、まあ、今からその怖い目にあった当人の部屋に招待されようとしているところで考えるようなことではない気がしたので、それくらいにしておく緑川だったが。
 それくらいにしておいて、そういえば。
「そういえば黒淵さん、ここに着いてから黙ったままですけ」
 ど、と最後の一文字を言い切る前に、その黙ったままな黒淵から口を塞がれてしまった。しかも、そうしたうえで口の前に人差し指を立ててみせてすら。
 ――こ、この病院って喋っちゃ駄目みたいなルールなんてあったっけ?
 突然の事態に妙なことを考えてしまう緑川だったが、もちろんそんなものはない。
 ので、彼女がそんなことをした理由はそんなことではなく、
「そーだ! 芹お姉ちゃん、千春お兄ちゃんとオセロしてみてよ!」
「一回くらい勝てるかも!」
 ……「そっくりな緑川と千春」に双識姉弟の興味が引き付けられている間、息を殺して目立たないようにしているつもりだったのだろう。というわけで、黒淵から睨み付けられてしまう緑川なのだった。
 睨み付けてくるその目は、ちょっと涙目でもあった。

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