「えー、ここ最近俺らの担当地区で悪さした奴らについての情報整理なんですがー……」
 今回の集まりは初めからそのための会議を名目としたものであったし、加えてここまでに為された会話がそれに関連したものでもあった以上、わざわざここでそれを宣言する必要はなかったのかもしれない。
 なので黄芽がそうしてみせたのは、ただ単に会議というものの形式に沿ってみただけのことではあった。しかしそれが功を奏したということになるのだろうか、
「あー、白井。司会進行頼む」
 自分には無理だと、この時点で察することができた。
 タイミングとしてはあと一言か二言で「開会宣言」から「会議の中身」へ移るところだったのだろうが、そこまで行ってしまったらもう、途中で進行役を降りるという選択は取れなくなるだろう。黄芽は、自分の性格についてそう判断したのだった。
「え? あ、黄芽さんが引き受けるって流れじゃなかったんですか? ここまでそんな感じだったんでてっきり」
「俺もそのつもりだったんだけど、あいつらの話してたら壁か何か叩き壊しちまいそうだわ」
 ここが自分の住居だということもあって――というのは、使われていない建物を占拠しているという立場を考えれば身勝手な話でしかないのかもしれないが――さすがに、実際そうなるとしても直前で手を止めるくらいのことはするのだろう。
 が、黄芽はその「上げた手を止める」ことにすら拒否感を覚えたのだった。ここに住んでいるのが自分だけだったならそこまでのことはなかっただろうけどな、とも。
「物に当たるっていうのはよく分かりませんねえ、僕には」
「ははっ、そりゃお前はそうだろうよ」
 互いに笑いながらそれだけ言って、進行役の交代は滞りなく完了する。
 初めからそういう段取りだったというならともかく、急にそう頼まれた白井からすればそれは、一言二言くらい嫌がる素振りを見せてもいい場面だっただろう。優等生っぽい見た目に反して別にそこまで真面目な奴ってわけじゃないし――というのは、黄芽の感想ではあるのだが。
 であれば彼がここで文句の一つも言ってこなかったというのは、嫌がってみせたところで何の効果もありはしないし冗談にもならないと分かっているから、なのだろう。
 そしてそれは、言い換えれば「黄芽が白井のことを分かっているのと同様、白井も黄芽のことを分かっているから」ということにもなる。ただし黄芽自身はもう、わざわざそんなことを頭によぎらせすらしなくなってはいるのだが。
「えー、ここ最近僕らの担当地区で悪さした人達についての情報整理なんですが」
 嫌がってみせないで済ませた代わりということなのか、黄芽の言葉をほぼそのまま引用し、ついでにその彼女へ嫌味っぽくにやつかせた顔を向けてもみせる白井。
 別に言っていること自体は嫌味でも何でもないけど、あとで小突くくらいのことはしてやろう。周囲から漏れ聞こえてくる小さな笑い声に囲まれながら、黄芽はそんなふうに思ったのだった。
「皆さんも知っての通りに事件なんか滅多に起こらないし、起きたとしてもそれが修羅絡みなんてことは皆無と言ってよかったこの地区に、どういうわけだか複数の修羅の集団が入り込んできました。別にこの地区を根城にするとかそういうことじゃないらしいですけど、たまたまにしても気味の悪いことではありますね」
 白井がそう結んでから数舜、室内は無言と溜息に満たされる。
 気味が悪い、ということになるのかどうかはともかく、ここ最近で修羅絡みの事件が立て続けに起こり過ぎているというのは、どうやらこの場の全員が感じていることらしかった。ただ、この地区は他所と比べれば比較的平和である、という認識は全員共通のものだったので、黄芽にとってもそれは意外というほどのものではなかったのだが。
 しかしそこが大して感想を持つようなものでもなかったからこそ、本題のほうが目立ってしまう
「なんか小学校の先生みてえだなお前。言い聞かせ方というか」
 それはもう実に分かりやすく「一旦話題を逸らした」ということになるのだが、そこに至るまでの思いが全員共通のものだったということもあってか、周囲の同調も実にスムーズなのだった。
「ンー、そう言われタラそれっぽく見えてクるネー。メガネしテるし」
「見た目以外は……でもまあ、そっちもこの中なら一番それっぽいのか?」
 怒ればいいのか照れればいいのか。シルヴィアと金剛の意見には、そんな困ったような顔をしてみせる白井だった。であれば即座に追い打ちを掛けるのが黄芽という人物ではあるのだが、しかし今回は「一旦話題を逸らした」ということではあり、なので二度目はさすがに控えておくのだった。これでも一応、仕事についての会議をしているところなのだ。
 ――なんて、真っ先に横やり入れた俺が言えたことじゃねえんだろうけどな。
 というふうに苦笑してもいたところ、すると今度は灰ノ原。
「いやいや金剛くん、見た目以外ってことなら一番は紫村さんでしょやっぱり。そりゃあこの人の見た眼を度外視するのは難しいだろうけど」
「あら灰ノ原さん、女性の外見を揶揄するなんて割と最低ですよ?」
「ンヒヒ、これは失礼」
 紫村の言い分は実にもっともなのだが、灰ノ原の言い分も分からないではない黄芽なのだった。
 ――小学生くらいの時期って男より女のほうがデカいし、発育のいい子だったらその時期でもう紫村さんより上ってのもあり得るよなあ、多分……。

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