第二章
「幽霊の正体見たり枯れ尾花。……いやいや、文字通りの意味ではなくてね?」



「芹お姉ちゃんの勝ちー!」
「やったー!」
 黒淵と千春のオセロ勝負、その第二戦目が黒淵の勝利という結果をみたところ、まるで自分達のことのように大喜びする赤と青。
 そのあからさまな贔屓は恐らく、黒淵がこれまでずっと負け続けていたことに起因するものなのだろう。これまで二人を横から見ていた緑川はそう思ったのだが、
 ――これまで負けさせ続けてきたのも赤ちゃんと青くんなんだよなあ。
 と、苦笑いを浮かべながらそんなふうにも。この直前には同じく千春との勝負に敗北を喫している黒淵なのだが、そんなたった一回のことなど最早考慮に値しないだろう。第三者視点はもちろんのこと、本人の立場になって考えてみても。
 自分達の手で徹底的に叩き落しておきながら、そこからの浮上の際にも称賛という形で付き纏う。無邪気とは実に恐ろしいものなのだった。
 しかし横で見ている緑川がそんなふうに思っている一方で当の黒淵はというと、広げた駒の片付けに取り掛かる段になってもまだ、勝負中に見せていた真剣さを一片たりとも崩しはしないでいる。
「まだ一勝一敗になっただけですわ。さあ千春さん、次いきますわよ次」
 早々に、かつ綺麗に駒を揃え終え、決着の第三戦目への強い意気込みを見せる黒淵。
 ところがそんな彼女の対戦相手はというと、
「いや、なんか疲れちゃったんで俺はこの辺で……」
 一勝一敗という誰が見ても途中経過でしかないこの場面で、勝負を降りようとするのだった。ともなれば当然、黒淵の口からは不満の声が。
「そんな、それはあんまりですわ千春さん。せっかく、ようやくここまで来ましたのに」
「いえ、大丈夫です。理論的に俺と全く同じ強さな筈の千秋に代わってもらいますから」
 そう来たか、とこれまた苦笑いさせられる緑川。性格こそ違えど――いや、その性格すらかつては「自分の一部」だったのだが――しかしその点、そして幽霊であるか否かを除けば、あとは全く同じだと思われるのが彼に対する千春という存在である。ならばオセロの腕もそれに準じると思って差し支えないのだろう。
 ――そんな細かいところで差があるようだったらもう、他のところも全部違っちゃうだろうって話だしねえ。
「僕は構わないけど、でもどうしたの千春? 具合でも悪い?」
 苦笑いこそすれど、しかし断る理由があるわけでもない。なのでそちらには頓着せずに調子の悪そうな千春を気遣ってもみたのだが、しかし。
「まあまあ。それよりほら交代交代」
 構わない、と緑川がそう言った途端、顔色を良くして席を譲る仕草をしてみせる千春だった。ついでに何やら意地の悪そうな笑みをうかべてもいる。
「…………?」
 流石に不信感を拭えない緑川だったが、しかし何であれ、ここからは黒淵を相手にオセロを打つだけである。千秋が何を考えているにせよ、警戒するようなことは起こりようもないだろう。
「……あ、流れで勝手に変わっちゃいましたけど黒淵さんは大丈夫ですか?」
「できれば千春さんと決着をつけたかったところですけど、まあ構いませんわよ」
「そうですか、じゃあ早速」
 黒淵からも交代を認めてもらえたところで、手元の駒二枚を盤の中央に並べる緑川。ここでの勝敗が自分だけでなく千春の勝ち負けにも関わってくる、ということに少々気負う部分がないわけではなかったが、しかしそれだけのことといえばそれだけのことではある。
 他に何かありそうなわけでもなし、ならば千春のあの笑みはそういうことだったのだろう。そう判断した緑川は、気が付けば自分の隣から黒淵の側に移動していた千春へ余裕を含めた微笑を向けたりしながら、気楽に勝負に臨むことにするのだった。

「また芹お姉ちゃんの勝ちー!」
「やったー!」
 またも大喜びする赤と青。今度は勝ち越しが確定したということもあってか、二人して黒淵に抱き着いてすらいる。
 その幼さ故、赤はもちろん青にすら遠慮はない――つい今の今まで、いや今現在ですらも緑川が意識してやまない箇所は、二人の体当たりをもろに受け止めるにあたり、とても見ていられない有様になってしまっているのだった。
 緑川千秋十五歳。たとえ周囲から女顔女顔と言われようとも、立派な男子高校生なのである。
「まったく、初勝利を噛み締める暇もありませんわね」
 それを外見に出さないよう努力こそしているものの、何にせよ内情は非常に情けないことになっている緑川。それに対して黒淵はというと、そんな彼へ罪悪感を抱かせるほどに清々しい笑みを浮かべているのだった。
 とそこへ、屈んだ姿勢のまま小さな動きでちょこちょこと近付いてきたのは、緑川にこの勝負を任せていった千春。
「よう、すぱっと負けてくれたな」
「うん、きみと同じくね」
「はは、そりゃ同じになるだろ俺とお前じゃ」
「…………」
「…………」
 今回ばかりは、真面目な話にはなりそうもないのだった。

<<前 

次>>