「あー、ところでよ千秋」
「うん」
 何やら話題を変えようとしてくる千春だったが、もちろん緑川にそれを拒む理由はない。もう一人の自分とでも言うべき相手に頼るというのもおかしな話ではあるのだが、しかしここは甘んじて、千春に頼らせてもらうことにするのだった。
 もちろん千春の側も「そのつもり」ではあったのだろうが、しかしどうやらそれだけというわけでもないらしい。それまで浮かべていた端々に緩みを含む苦笑いを、ここでぐっと強張らせてみせるのだった。
「ええと」
 言うべきかどうか悩むような間を挟んでから、千春は問う。
「何か話聞いたりとかしたか? 澄ちゃんから」
「あ、ああ。うん」
 あれから――水野と千春が出会ってから、今日で四日が過ぎていた。休日を挟んでいたのでその四日間全てで水野と顔を合わせたわけではなかったが、とはいえ緑川と水野は同じ学校の同じクラス、しかも席が隣同士ということもあって、どちらかが欠席でもしない限り、平日に顔を合わせることは避けようがないのだった。もちろん、避けたいなどと思っているわけではないのだが。
 そしてそれを抜きにしても、お互いの家へ気楽に通い合える仲である。というわけで、「その話」をするにあたっては水野が緑川の家を訪ねる形を取っていたのだった。
 ――誰かに聞かれたところで冗談にしか聞こえないだろうけど、だからって人前でするような話じゃなかったしね、やっぱり。
 そんなこともあり、ならば同じく周囲に人がいる今この場でその話をしてもいいものか、と悩まないでもない緑川ではあった。ここを訪れれば千春と会うことになると分かっていた以上、今初めて考え始めたことでもなかったのだが――しかし、いざ決断を迫られてみると、意外にもそれに要する時間はほんの一瞬で済んでしまうのだった。
「全部聞かせてもらったよ。千春が澄ちゃんと会ったことも、澄ちゃん自身の話も」
「……そっか」
 千春の返事には少々躊躇いがちなところがあった。しかしそれは、彼にとってその話が良い話か悪い話かというよりも、身近な人物の重大な話だからというところが大きいのだろう。僕と同じだとすれば、と、そんな根拠から緑川はそう推測するのだった。
「みんなとも近いうちに会えるかもねって」
「そっか」
 こちらについては躊躇なく、素直に嬉しそうにしてみせる千春だった。
「でも、会うだけって感じにはなっちゃうんだろうけどね。触れられないわけだし」
「それはまあ、そうなるよなやっぱり」
 触れた幽霊を消し去ってしまう。にわかには信じ難い話ではあるのだが、とはいえ嘘で持ち出すような話ではないし、そんなことを言い出すような人物でもない。緑川は、その話を打ち明ける際の水野の申し訳なさそうな表情を思い出していた。
「千春はどう思う?」
「ん? どう思うって、何をよ」
「澄ちゃんがそのこと、ずっと隠し続けてきたっていうのは」
「そりゃまあ、大変だったろうなあって。しょっちゅう会ってる俺らが全く気付かなかったってんだから、滅茶苦茶慎重にやってたんだろうし」
「だよね」
 緑川が幽霊を友人としていることを知っていながら、自分のその能力を隠して緑川と付き合いを持ち続ける。それは一歩間違えれば緑川の友人を消し去ってしまう危険を孕んだ行いだった――というふうに彼女自身は語っていたのだが、緑川はどうしてもそんなふうに捉えることができないでいた。
 一方で千春はというと、
「……いやお前な、俺で自分の本心を探ろうとすんなよ」
 さすがはもう一人の自分、といったところなのだろう。すぐさま緑川の意図を読み取ってしまうのだった。
「あはは、ごめん」
「ふん」
 千春に本心の代弁を頼む。良い顔をされることではないだろうと思っていたが、しかし嫌がられるというほどではないとも思っていた。緑川の話であるならまだしも、何せこれは水野の話なのだ。
「澄ちゃんになんか言われたんだろ? 聞かせろよな、後で」
「うん」
 後で、というからにはそれは、他の誰かの耳に届かないところでということなのだろう。やっぱりそうなるよね、とそう思わされたところで、話に区切りが付く。
 とはいえもちろん、区切りがついたからと言って他の話題に移るというわけでもなく、
「澄ちゃんってあの人だよね? 時々千秋お兄ちゃんと一緒にいる女の人」
 区切りが付くのを待っていたかのように、赤が緑川と千春の間に割って入ってくる。それはもう、話に限らず身体ごと。
 そして赤が動いたとなれば青だけがじっとしているわけもなく、
「すっごく仲良しなんだよね。カノジョとかオクサンとか」
 そんなことを言いながら赤の後についてくるのだった。
「そこまでではないからね?」
 黄芽か白井に吹き込まれただけなのだろう。あまり意味が分かっていそうにもない彼らにそんなことを言っても仕方がないとは思いつつ、しかしそれでも言わずにはいられない緑川だった。そして赤と青を挟んだ向こう側では、千春がうんうんと力強く頷いていた。

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