「さてさて、ここらでちょっと耳障りの悪い話もしてしまおうかと思うんだけど」
 今までの話だって耳障りが良かったわけじゃないけどな。と、別の話題を差し挟もうとしてきた灰ノ原にはまずそんな反論を頭によぎらせる黄芽だったのだが、しかしそれを冗談めかした調子で口にできる確証が持てなかったので、ここは内に仕舞い込んでおく。
 一方で灰ノ原は、いつものあの笑いを一つ挟んでから――黄芽の気にし過ぎでなければ、それは彼女のほうへ向けられていたようにも――その、「耳障りの悪い話」を持ち出してくるのだった。
「ここまでの話にも出てきたじゃない? 人工の霊っていうの。何だかんだで最近ここに来た三つの集団全部が関わってたアレ」
 人工の霊。求道が所属している集団にかつて在籍していた愛坂真意なる人物が作り出し、「それ」に殺害されたことで六親のメンバーの一人が愛坂真意の名と姿を騙り、そしてその彼女が偽物だとは知らずに享楽亭の二人が付け狙っている。
 だから何でそいつらがここに集まってくるんだよ、という愚痴はどうしても尽きることがないのだが、それはこの際横に置いておくとして、黄芽は優先すべきことを優先させた。
「それがどうかしたのか? 何か知ってんのか、灰ノ原」
 真っ先に反応したのが自分だったことについて、やっぱちょっとムキになってんな、とも思わないではなかったのだが。
「ンヒヒ、そういうわけじゃないよ。こんな怪しい格好をしてても、ボクは一応正義の味方なわけだしね」
 腕を広げて笑い飛ばす灰ノ原は、いつも通りにボロボロの白衣を身に纏っている。
 ――そういえば怪しい格好だよな。
 と、見慣れ過ぎたせいか言われて初めてそう思えた黄芽なのだった。故に、というわけではないのだろうが、彼が自分、ひいてはここにいる全員と同様に「正義の味方」であることについても、何ら疑う余地を持ち合わせてはいないのだが。
 ――正義の味方っつうならあとは桃園と……いや、あのコスプレ女は知らねえけどな。
「で、じゃあどうしたんだ?」
「うん。特には黄芽くん、怒らないで聞いてほしいんだけど」
 ――俺?
 この場の誰にも等しく関わりのない話である筈なのに、それを聞いて怒るという。あまつさえ、それが自分を名指しで、である。
 困惑せざるを得ない黄芽であったが、しかし考える余地がないからこそ落ち着くのも早い。
 となれば自然、灰ノ原が話を続けるのもそれと同様であった。
「人工の霊って言うなら、千春くんだってそうなんじゃないかなって思ってね」
 ――…………。
「いや、怒りはしねえけどな?」
 多少の時間を要して自分の胸の内を眺めてみるに、灰ノ原が危惧したようなことは起こっていないらしかった。が、
「でも、どうにかはした感じですね」
 白井だった。ともすればそれは、余計な一言ということになるのかもしれないが――。
「結果論とはいえ、あんな邪険にすることなかったなってな」
「でしょうね」
「お前もだろどうせ」
「じゃなかったらわざわざ言わせませんよ、こんなこと」
 だよな、と。
 でもだからって俺に言わせるのは性格悪いぞお前、とも。
「……悪い灰ノ原、話の続きどーぞ」
「ンヒヒ、仲が良さそうで羨ましいよ」
 ――こういう感じだったらそっちのほうがよっぽどだろがよ。
 軽く睨み付けた黄芽だったが、灰ノ原は構うことなくその黄芽が勧めた通りに話を続け始める。
「千春くん個人がどうだっていう話じゃなくて、故意にしろ偶然にしろ『人工の霊』が出来上がっちゃったっていうのは割とあることなんじゃないかなって話でね。なんせ、千春くんを数に入れればここだけで二件も話が上がってるわけで」
 幼い頃の緑川に求道が施した処置によって千春は誕生した。と、そう語っていたのは他でもない千春自身である。しかし以前聞いた、というか聞かされた求道の目的は「自身が蘇ること」であり、人工の霊を作るなどという行為とは結び付くとは思えない。
 であれば灰ノ原の言う通り、それは「偶然の産物」ということになるのだろう。それがあの千春を指しているということを考える限り、黄芽としてはあまりそういう表現をしたいとは思えなかったが。
「まあ、最近の様子だとこの地区はあまり一般的なサンプルとして相応しくないのかもしれないけどさ」
 一方、そう言って笑いもする灰ノ原だった。

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