「随分懐かれたもんだよな、お前」
「望んでそうさせたわけではありませんわよ」
黒淵のことで話がある、という桃園の話を受け、その黒淵がいる部屋へ通された一行。その桃園は指示すらないまま灰ノ原の車椅子を押しているのだが、それはいつものこととして――まだオセロ盤が片付けられていないその部屋で黒淵は、赤と青にくっ付かれていたのだった。これもまた、そろそろ「いつものこと」になりつつある。
「あ、本当にみんな来た!」
そのそろそろ「いつも黒淵にくっ付いている」ことになりつつある赤は、部屋へ入ってきた皆を見上げながらぱっと顔を明るくさせる。が、
「でも、じゃあまたお仕事のお話なの?」
と、続けて青がそんなふうにも言ったところ、赤の表情もそちらに釣られることになるのだった。
「ごめんね、行ったり来たりさせちゃって」
灰ノ原から離れ、腰を屈めて目線の高さをその二人に合わせつつ、申し訳なさそうな笑みを浮かべる桃園。
行ったり来たり、ということはつまり、ついさっき桃園が言っていた「黒淵さんのこと」とやらでも席を外されていたのだろう。黄芽はそう判断し、そしてそれは見事にその通りなのだった。
双識姉弟が仕事の話をするに際して部屋を移動させられるのはこれもまたいつものことであり、そして二人とも、普段ならそれで愚図るようなことはない。のだが、二度立て続けともなるとそれは、さすがに渋い顔をするくらいのことではあるらしかった。
「はいはい、今度は宥め役というわけですわね」
渋々ながらも赤と青が立ち上がったところ、黒淵も何やらぼやきながらそれに続く。が、
「いえ、黒淵さんは残ってください」
桃園がそれを制した。
「え、わたくし? お仕事のお話なのでしょう? 紫村さんから指示があって――それで皆さんお集まりになった、と思っていたのですけど」
「そちらについては、私達がここに集まっている時点で今のところは充分ですので」
「はあ。まあ、そういうことでしたら。何の話かというのも見当は付きますし……ふふ、そうですわね。あなた方ならそうなりますわよね、優先順位は」
薄く笑みを浮かべながらそう言ってみせる黒淵。このとき黄芽はまだ「黒淵についての話」がどういったものなのか知らされてはおらず、なのでその言葉の意味も計りようがなかったのだが、しかしそれでも小さな苛立ちを覚えずにはいられないのだった。
しかし、
「さあさあおチビさん達、向こうの部屋で良い子にしていてくださいな。わたくしの話ということなら、もう知っている桃園さんとこちらのそっくりさん二人組も一緒で構わないでしょうしね」
赤と青を見送るに当たり、緑川と千春を付き添わせようとする彼女を見ると、その小さな苛立ちはすっかり治まってしまうのだった。初めて会った際には、「子どもは苦手だ」などとその「子ども」の目の前で言い放っていた黒淵だったのだが……。
――むしろこいつのほうが懐いたってことかねこりゃあ。
と、それはともかく。
――そうか、何か知らねえけど千秋と千春はもうその話聞いてんのか。……ってことはあれか? もしかして二人ともなんか関係ある話ってことか?
「あ、じゃあオセロ持っていきますね」
「あんま言わないでくださいよ、こいつなんかとそっくりとか」
その黒淵の話に何かしら関係のありそうな二人。軽く扱うような話ではないだろうに一方は呑気に構えてみせ、もう一方は厳しい台詞を吐きながらも表情のうえでは笑みを浮かべていた。
意味こそ違えど、状況にそぐわない装いの二人。恐らくはどちらも、「赤と青の宥め役」を優先させているということなのだろう。
「千春」
だったらそっちは二人に任せておいてこっちはさっさと本題に、とそう考えもした黄芽ではあったのだが、赤と青を引き連れ部屋を出ようとする千春の背中を目にしたところで、言っておかなければならないことを思い出す。
「何ですか?」
「キツく当たって悪かったな。謝るよ」
「すいませんでした」
黄芽が頭を下げ、間を置かずに白井がそれに続きまでしたところ、千春は驚いたように目を見開き、そして返事より先にそっぽを向いてしまう。
「何とも思ってませんよ、って言うと思ったんですけどね」
どう聞いても沢山の思いを巡らせている震え声で、そっぽを向いたまま千春はそう返すのだった。
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