それ以上は誰が何を言うでもなく――それは心配そうに彼の傍に歩み寄った赤と青ですら――そしてそのまま千春が率先して部屋を出、あとの四人がそれに続くのだった。
「皮肉の一つでも言って差し上げましょうか?」
「本気で性格悪いよなお前」
「いえ、言って欲しそうにしてらっしゃるなら言わないでおこうと思いまして」
「それがだよ」
 その四人が部屋を出た直後、下手をすればドア越しに聞かれていてもおかしくないタイミングで、何やら黒淵が挑発めいた言葉を投げ掛けてくる。が、しかし彼女自身がそう言っている通り、今の黄芽からすれば誰にも何も言われないほうが余程堪えたところではあるので、そう悪い気分にさせられるようなことはないのだった。
 何も言わないでおこうと思った、と言いつつ殆ど言っているようなものだったりする辺り、悪い以上に面倒臭い性格してんなこいつ、と思わされもする黄芽ではあったのだが。
「で、んなことより本題のほうはどうなんだよ。桃園まで行っちまったからもうお前本人が話すしかなくなっちまったけど」
「そうですわねえ」
 千春のことは今ここで長々と続けるような話ではなく、そしてここにこうして集まりまでしている以上、一方の「本題」は何やら重要な話ではあるらしい。そのどちらの意味からも黒淵に話を改めて話を振ってみたところ、しかし黒淵はなおも挑発的に、
「わたくしが自ら話をしたとして、貴女はそれを信用してくださるのかしら?」
 と、そう返してくるのだった。
「いや、もうそういうのいいから真面目に話せよ」
 黒淵がそれを意図していたかどうかはともかく、その言い方に救われた部分がなかったわけではない黄芽としては、ここであまり強く言って聞かせる気にはなれない――が、そうはいってもやはり重要であるらしい話である。気分がどうあれ言うべきことは言っておくのだった。
 しかし黒淵、それに対して今度はこう返してくる。
「真面目ですわよ。そういう話なんですもの、これは」
 ――そういう話? ってどういう話だ? 俺が、いやこの場合は俺達が、か? 俺達が、こいつを信用できるかどうか……?
 それだけで何の話だか分かるわけもなく、ならば首を傾げることになる黄芽だったのだが、すると黒淵は薄く笑みを浮かべてみせた。
「わたくしの直属の部下に、最近話題の『水野家』と関わりのある人間がいるのですわ。まあ地獄にいる以上、その関わりというのも昔の話だそうですけどね」
 ――……なるほど、そういう。
「ウーン、今でモ色々あってこンがらがりソウなのにマだ増えるノかあ」
「いや、もう充分こんがらがってるだろうお前は。無理に頭使わなくてもいいぞ」
 黒淵自身ではなく、まずは最近のこの地区の有様について愚痴を漏らしてきたのはシルヴィアだった。それに対しては金剛からフォローなのか馬鹿にしているのか際どい言葉が向けられたのだが、しかし少なくとも彼女は「エヘヘ、やっぱりそうかナ?」とくすぐったそうな笑みを浮かべ返してみせるのだった。
 が、しかしそれだけではなく、続けてこんなふうにも。
「でモそうイウわけにはいカないかなア。千秋も関わっテくることナんだし」
 恐らくはこの地区の鬼全員に共通する理屈。シルヴィアがそれを口にしたところ、最初に反応したのはそれまでの会話相手である金剛ではなく、黒淵なのだった。
「ですわよね、やっぱり」
 その言葉は、呆れ半分といったふうな溜息と共に。あとの半分が何であるかは読み取れなかったものの、しかしその微かな笑みを見る限り、どうやらそれは後ろ向きな感情ではないらしかった。
「それで、どうです皆さん? 皆さんお気に入りの緑川さんと遠くて薄くてややこしい繋がりがあったわたくしのことを、信用できますでしょうか?」
 そんな質問に対し、即座に「できる」と返すような者はいなかった。
 が、とはいえそれは、ならば即座に「できない」という意味になるわけではないのだろう――即断するような、もしくは即断してみせるような問いではない、という話ではあるのだろう。
 信用できない人間に双識姉弟の面倒を見せるかと言われれば、返事は間違いなくノーなのだ。
 そして即座に結論が出せない以上、半ば必然的な形として、黒淵にまず向けられるのは質問に対する回答ではなかった。
「何だか不貞腐れたような言い方ですけど、それってつまり、黒淵さんとしては僕達に信用して欲しいってことなんでしょうか?」
 ――こいつもこいつで性格悪いよなあ。今に始まったことじゃねーけど。
 質問に対して質問で返した白井に、黄芽は内心でそんなふうに思うのだった。なんせ、黒淵に何かしら「信用して欲しい理由」があるとするならば、それは間違いなく彼女が惚れ込んでいる白井自身なのだ。あれだけ露骨な態度を取っていた以上、本人が気付いていない、なんてこともないだろう。
「そりゃあもう、修治さんのお傍に置いて頂けるのであれば」
 ――普段露骨だからこそ、ここでくらいちったあ捻れよお前もよ。
 と、まずはそんなふうに思った黄芽は、
 ――そもそも、この軟弱性悪眼鏡野郎のどこがそんなにいいんだ?
 と、意味もなく自身の相棒を貶しにも掛かるのだった。

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