「え、いやあの、傍に置いてるつもりはないんですけど……」
 一方、今回もまた露骨なアピールをしてみせた黒淵に対し、その軟弱性悪眼鏡野郎は懲りることも慣れることもなく、今回もまたしどろもどろになってしまう。どう考えてもこうなるとしか思えない質問を、自分から投げ掛けておきながら。
 いっそそういうこと言われたくてわざとやってんじゃねえかこいつ。と、そんなふうにすら思わないではない黄芽だったのだが、しかし一応、呼吸を整え反論くらいはしてみせる白井。
「というか、それを言うんだったら黄芽さんですよね? あの工場で一緒に住んでるんですし」
「一緒にってお前、仲良さげな言い方すんじゃねえよ。こっちだって嫌々だっつの」
「だそうですわよ修治さん? なので、宜しければ今からでも引き取っていただけませんでしょうか? 黄芽さんの為にも」
「無理です……」
 弱々しくそれだけ言い、後には何も続けられない白井だった。
 が、その通りでもあるのだ。生前からの自宅に住み続けている白井、他人がいきなり同居するには少々仲が良すぎる金剛とシルヴィア、他人をいきなり同居させるには住居が住居足り得ていない灰ノ原と桃園、と、他の候補が全滅しているからこそ黄芽が嫌々ながらも黒淵を同居させているのである。
 ……とはいえ、つい先日千春が廃病院で暮らす手筈になったことを思えば、それももう根拠としては成り立っていないのかもしれないが。
 ――でも赤と青が懐いちまってるんだよなあ、もう。
「つーか、んな話は今どうでもいいだろ」
 覆しようのない要因にまで思考が及んだところで、黄芽は話題を修正しに掛かる。
「実際にするかしねえかはともかく、信用しねえってことになったらお前はどうすんだよ」
 この場面で信用するのを前提に話を進めるのは平和ぼけというものだろう、という意識もあって、信用しない方向で話を進める黄芽。
 他はともかくお人よしのシルヴィアからは何か言われるか、とも思わないではなかったのだが、そちらへ視線を振ってみるに、どうやら金剛が無言のまま制してくれているようだった。つまりはそれがなければ本当に何か言われていたということになるのだが、ここはひとまず安心だけしておく。
 そして肝心の黒淵はというと、
「信用して頂けるよう一働きしてみせるしかありませんわね」
 と、黄芽ではなく白井のほうへと視線を送りながら。引き続き露骨である。
 しかしそれに続けて、苦笑しながらこんなふうにも。
「……とは言いましても、できることといえば地獄に戻って副獄長に詳しい話を聞いてくるくらいなんですけれどもね。それだって恐らくは随分昔の話ですし、緑川さん世代の話が聞けるかどうかは……」
「まあ、そうなりますよねえ」
 視線が合っているからか、黄芽に代わって白井が受け応える。それが何とはなしに気に入らない黄芽ではあったが、しかし白井でなくとも同じような感想しか口にできなかったであろうことを考えると、「気にするだけ無駄」という結論はすぐに出てくるのだった。
 そもそもにして今回の件、水野家の話というのは、なにもその水野家に後ろ暗いところがあるというものではない――ただ単に、この地区が騒がしくなってきたタイミングで「その家の娘が触れるだけで霊を消滅させる霊能者だった」という事実が判明したというだけのことである。その娘というのが緑川に近しい人物でなければ、こうまでして取り上げられるような話題にはなっていなかったことだろう。
 ――……つってもまあ、とんでもねえ話なんだけどなそれも。何だよ触っただけで消滅って。今までもう何度もすぐ隣歩いたりしてきてんだぞ俺ら。
「別にそこに拘らなくてもいいんじゃないか?」
 自分と白井のみならず、赤と青のこともある。結び付けようと思えば怒りに結び付けられないでもない黄芽ではあったのだが、そこで妙なことを言い出したのは金剛であった。
 まさか黄芽の頭の中を覗いたというわけもなく、ならばそれは、黒淵の話に対する言葉ではあったのだが。
「そこに? というのは、どこのことを仰っているんでしょうか?」
「水野家のことだ。今回のことはたまたま話が出てきた時期が悪かったというだけで、水野家にやましいところがあるというわけではないだろう? だったら信用を得る手段をそこに限定する必要はない……というか、碌な話が期待できないというならいっそ無駄だと切って捨てるべきだろう。そうでなくともトップに行ったり来たりされたら、地獄のほうも大変だろうしな」
「なるほど。ではどう致しましょうか?」
 彼女にとってそれほど「信用を得る」のが重要な事柄だということなのか、その手段を否定した金剛への黒淵の言葉からは、威圧感のようなものが発せられていた。もちろん、それで怯む金剛ではないが。
 白井は怯んでいたが。
「今発生している俺達の仕事を手伝ってもらう、というのはどうだ? 外でじっとしている輩の目的がもし緑川だったりすれば、それこそ緑川が絡んで出てきた信用問題がひっくり返るだろう」
 ――逆に千秋を守ってみせた、ってことになるわけか。なるほどな。
 水野家にやましいところがあるわけではない。ならばつまり、黒淵はそれが原因で信用を失ったわけではなく、それを切っ掛けとして「そんなものは初めからなかった」ということが表に出てきただけのことなのだった。
 ……といったところまで言及する人物は一人もいないまま、話は進んでいった。

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