第四章
「終わり良ければ総て良し! 重要なのは最後のひと仕上げだけなのです!」



 黄芽達が「仕事の話」をしている間、それ故に隣の部屋へ移動することになった緑川達はというと、
「席を外していましょうか、私」
 つい今しがたその移動を終えて腰を下ろしたばかりだというのに、桃園が部屋を出ようとしていた。
 そして、既に立ち上がってすらいる彼女を慌てて引き留めるのは緑川。
「あ、いえあの、別にそんな気を遣ってもらうようなことじゃないですよ。澄ちゃんの話なんで」
 そうして気安く下の名前で呼ぶ女子の話だからこそ――正確を期せば、呼び合う、ですらある――気を遣われるのだが、しかし物心付いた頃にはその状況にあった緑川にとって、瞬時にそれを察するのは難しいことなのだった。もちろん、察せたとしても同じように否定するしかなくはあるのだが。
 というわけで、緑川がしようとしていたのは千春からせがまれていた水野の話である。人の多い学校を避け、わざわざ緑川の自宅を訪れて打ち明けられた、彼女自身の。
 引き留められた桃園は、立ち上がったままこう尋ねる。
「それは、鬼に聞かれても問題ない、という意味でいいのでしょうか」
 それに対しては緑川、数拍ほど押し黙ってしまう。
 反射的にいつもの調子で対応してしまったが、しかし今回のこの状況である。当然そういう話にもなってくるのだろう。むしろそちらのほうをこそ先に頭に浮かべるべきですら。
 そしてその数拍ほどの沈黙ののち、緑川は答えた。
「鬼さん達には秘密にして欲しい、みたいなことは言われてないですしね。問題があるんだったらそう言ってこないわけないですし、そもそもそれ以前に話自体してこなかったでしょうし」
 それは水野本人に確認を取ったわけではなく、なので緑川の勝手な判断ということにはなるのだが、しかし桃園はその言葉だけで納得できたということなのだろう。桃園はその場に座り直したのだった。
「断言できるほどの仲なんですね」
「変な意味を含めてなければ、そうですね」
 どういうわけだか偉そうに胸を張りながら答えた緑川に双識姉弟のくすくす笑いが続き、そしてそののち、緑川は改めて千春と向かい合う。
「澄ちゃんの実家って、昔は霊能者の家系だったって話だったけど、今はそうじゃないでしょ? 言われなくても知ってるだろうけど――ああいや、知ってるってほど今の仕事に詳しいわけでもないけどさ僕達」
「まあ、俺らにその話をしてくれる澄ちゃん自身がよく分かってなさそうだしな……」
「うん……」
 と、本人が不在だというのにのっけから苦笑いを浮かべ合わさせられることになった緑川と千春だったが、しかし水野と親しい者としてそれは「よくあること」である。変に気を取られることもなく、話は自然に続行された。
「でも――澄ちゃんの言い方そのまま持ってくると、『その頃の気分でいる人が結構いるらしい』んだよね。なんかこう、また霊能者の家系に戻したいと思ってる人が結構いるとかで」
「戻す……?」
 千春は眉をしかめてみせた。
「って、じゃあ霊能者って今の時代でも成り立つもんなのか? そういう……力? 能力? を持ってる人って意味じゃなくて、職業として。インチキっぽいのはまあ除外しておいて、本物ってことになるとなんかこう、オンミョージとかどうとか、そういう時代のイメージだけど」
 陰陽師という単語に特定の時代を指すような意味はないのだが、とはいえそこはもう一人の自分の意見である。
「あはは、だよねやっぱり」
 突っ込みを入れるどころか、まったく引っ掛かりを感じないままするりと同意してしまえるのだった。
「うん、まあ、だから成り立つものらしいんだけど……でもほら、もしそういう動きが実際に出てきちゃったら澄ちゃんが大変でしょ?」
「えーと……? ああそうか、触っただけで、だもんな。そりゃ引っ張りだこになっちゃうか、霊能者の家系に戻ったりしたら」
 触っただけで。触っただけでどうなるか、という部分は省略する千春だったが、彼のその様子に緑川は小さく笑みを浮かべた。
 とはいえそれは、決して気持ちの良さからくるものではなかったのだが。
「澄ちゃんのお父さんとお母さん、だから澄ちゃんを今のお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に預けたんだって。霊能者の家系に戻したい人達から、澄ちゃんがそんなことをさせられないように」
「…………」
 触っただけでどうなるか。その部分を省略してみせた千春は、言葉を失ったらしかった。
 ――触っただけで幽霊を消滅させてしまう。『させてしまう』なんて言い方になるのは、僕が幽霊と仲良くしてるからってわけじゃないよね?

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