今発生している仕事を手伝ってもらう。金剛のその案に反対する者は一人もおらず、なので黒淵は彼の提案通り、「仕事を手伝う」ことになった。
……のだが、
「さすが『獄長』ですね。行動が積極的というか何と言うか」
「まあ獄長なんて言い換えりゃあサドの変態共の親玉だしな。俺らと違って好きでやってんだし、そんなもんだろ」
普段から積極的に言い寄られていることもあり、白井としてもそれは「良い意味」ばかりを含んだ感想というわけでもなかったのだが、とはいえさすがに黄芽のその言い様には苦笑いを浮かべるしかない。
と、しかしそんな話はともかく。仕事を手伝うことになった黒淵は、手伝うどころか一人で出て行ってしまったのだった。もちろんのことその行き先は病院前でじっとしている不審者の元であり、そして場合によってはそのまま実力行使に出るつもりなのだろう。
「でも、一人で行かせてしまって良かったんですかね?」
たったいま二人が口にしたものとはまた別に、「獄長」という肩書きは、その人物が戦闘に関して高い実力を持っているという意味も含んでいる。なので白井のその心配は、例えば実力行使に出た黒淵が返り討ちに遭うかもしれない、というようなものではさらさらない。そうでないことをわざわざ説明するまでもない程に。
すると、ここで小さく笑ってみせたのは金剛。
「仕事を手伝うよう提案したのは俺だ。その俺、そうでなくとも他の誰かならともかく、少なくともお前は信用してやらんと黒淵が浮かばれんぞ」
信用を得るために今回の行動に出た黒淵。つまり彼女は現時点ではまだ信用を得たわけではないのだが、ならばその黒淵に単独行動を許してしまっていいものなのか。もちろん、何かよからぬことを考えようものなら表の不審者ともども紫村の鬼道に引っかかってしまうのだが――。
と、白井の心配とはつまりそういうことだったのだが、しかしそもそも黒淵が得たい信用とは、白井からのものがその筆頭である。ならばその白井を失望させるようなことはしないだろう。そういう意味では、ある意味この場の面々から信用を得ている黒淵なのだった。
「美人と言って差し支えないような人から気に入られてるのに、何でこんなに心労ばっかり掛かるんですかねえ」
引き続き、苦笑いを浮かべ続けるしかない白井だった。
一方、その気に入った男に心労を掛けてやまない黒淵はというと、
――あら、中々素敵なお顔立ちですこと。
件の不審人物を気に入りそうになっていた。
それが理由で、というわけではないのだが、隠れて様子を窺うような素振りを一切取らないまま正面から堂々と近付いていく黒淵。ならば当然、その整った顔立ちの若い男もまた歩み寄ってくる彼女にはすぐに気付いたようだったのだが、しかし彼も黒淵と同様、特に警戒してみせる様子もなく堂々と黒淵の接近を許すのだった。
……いや、警戒しないどころではなかった。いよいよもって手が届くほどの距離にまで黒淵が接近したところ、するとその男は芝居掛かった動作でうやうやしくお辞儀をしつつ、加えてこれまた芝居掛かったうやうやしい台詞でもって、黒淵の来訪を快く迎え入れてみせた。
「これはこれは美しいお嬢さん。この私めに何か御用がおありでしょうか?」
「ええ、少々お尋ねしたいことがございまして」
その男の言葉遣いと若さの不釣り合いさもあり、いわゆる「普通」と言われるような感性を持っていれば、道行く赤の他人にこんな物言いをしてみせる人物をどんな形であれ警戒しないわけがないだろう。
が、しかしそこは地獄の高官であり、目の前の男と大差ない口調であり、かつ黒のドレスを普段着としているような黒淵である。今も着用しているその普段着らしからぬ普段着に何の指摘もないどころか、いきなり「美しい」と評されたことにすら何ら動じることなく、引き続き堂々と事を進めてゆくのだった。
「少し前からずっとここにいらしてますけど、こんな所に何の御用でしょうか? って、あらごめんなさい、同じ質問を返してしまって」
そう言ってふふ、と軽く笑ってみせたところ、はは、とあちらも笑い返してくる。
「なるほどお客さまは私のほうでしたか。いえ、用といっても大したことではないのです。少々、知り合いから頼み事をされてしまいまして」
「頼み事、ですか」
それはどんな――と、引き受けた仕事のことがなくとも自然にそう尋ねる場面ではあり、そして実際にそう尋ね掛けてもいた黒淵だったのだが、しかしその問い掛けは、それに先んじた男の声によって上から抑え込まれてしまう。
「私などのことよりも、美しいお嬢さん。特に用事がないのであれば貴女こそ、このような所に長居はしないほうがいいですよ」
そんなことを言ってきた男に、黒淵は眉を顰めて問い返す。
「どうしてでしょうか?」
「ここには世にも恐ろしい鬼が出るのです」
引きつったような表情を浮かべ、ぎゅっと身を縮こまらせて。これまた芝居掛かった動きをしてみせる男だったが、
「だから私もこうして、中には入らず表でじっとしているのですからね」
そう続ける頃には姿勢も顔色も元通りになってしまった辺り、それは本当に芝居なのだろう――何か意図があってそうしているのか、それとも芝居をするのが彼にとっての自然な振舞いなのかは、まだ判断しかねるところではあったが。
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