「元々、鬼なんてのは所謂『職務』というものには適当なのが大半だが」
 と、曖昧な笑みを浮かべながら何やら語り始めたのは金剛。黒淵が不審人物と接触したというのにさしたる緊張感も生じさせないでいる一同の視線は、ならば彼に集中することとなった。
 彼が浮かべた笑みが曖昧なものなのは、その話が彼自身にも当てはまるものであるから、ということなのだろう。そしてそれは他の皆も同様なのだろうし、もちろんそんなふうに思っている自分も――と、黄芽は特に抵抗もなく金剛の話を受け入れる。
「それにしても黒淵は凄いもんだな。俺達下っ端と違って上役だというのに、むしろ輪を掛けて自由というか何と言うか。まあ、その方がこっちとしても接しやすくはあるんだが」
 続けてそんなふうにも言う金剛。当然それは黒淵を貶すような意図あっての話ではなく、むしろ逆に評価してのものである。
 が、それに対して黄芽はというと、
 ――本っ当そうだよなあのワガママ女。お偉さんの癖に他所に出張って好き勝手しやがって。
「逆に」の部分を無視し、逆の逆に黒淵を貶しにかかるのだった。無視をするためにはその存在に気付いている必要があるのだが、そんな理屈も同じく無視である。
 そうして毒づくことで黒淵への苛立ちをいくらか鎮めさせようと試みたのだが、
「そういうところも含めて、黄芽と似てるよな」
「結局その話なのかよ!?」
 白井に続きということになるのだろう。黒淵は黄芽に似ている、という話を締めに持ってくる金剛なのだった。であればその白井は「ですよねえ」と底意地の悪そうな笑みを浮かべることになり、そして黄芽に睨まれて小さくなることにもなるのだが。
 ともあれ、そうして邪魔者を黙らせたところで黄芽は反論に入る。
「そりゃねえだろ旦那。俺は今回無駄に携帯持ってかれた被害者だし、そもそもあいつと違って俺は下っ端側じゃねえか」
「はは、それはまあそうなんだがな」
 立場の上下――と言っても別に、黒淵が黄芽達の上司に当たるというわけではないのだが――が、二人が似ているとする共通項でないとすれば、残るものは一つしかない。
 少し考えれば、いや考えるまでもなく誰でも理解できるであろうそれを、ならば金剛はわざわざ口にはしないのだった。ただただ、引き続き曖昧な笑みを浮かべるばかりである。
「まあまあ黄芽さん。適当な僕達の中でも輪を掛けて適当、とは言っても別に不真面目ってわけじゃないんですから」
「言い出しっぺのくせによくフォローしようなんて思えるよなお前」
 それに加え、金剛が言わないでいたことをわざわざ明言までしてみせる、という余計に過ぎる白井の一言。まさか悪気がないというわけでもなし、少し言い返せば小さくなるくせに毎度毎度よくもまあ、と、今更ながら呆れさせられる黄芽なのだった。
 するとそこへ、その白井についての話を持ち出してくるのは紫村。
「黒淵さんが黄芽さんに似てるって、これまでにも何度か聞いたような気がするけど……ふふ、でも私からすれば白井くんのほうが似てるかなあ」
「え? 僕ですか?」
 驚いたように紫村のほうを向いた白井は、すると少し考えるようにした後、恐る恐るといった調子でゆっくりと黄芽のほうへ顔を向ける。
「……いや、俺とじゃなくて黒淵とだろ。話の流れからして」
「で、ですよねえ?」
 とは言ってみたものの、白井が戸惑う気持ちも分からないではない。特に訂正を挟んでくるでもない紫村の様子からして、黒淵とのことを言っているのは間違いなさそうなのだが……しかし白井と黒淵が似ていると言われてもピンと来ない、どころか似ている要素の一つすら思い付けないのだ。
 ――あっちは自分勝手だしうっせーし、こっちは逆に大人し過ぎるけどその割に時々うぜーしなあ……ん? うざいとこが共通点なのか? いやまさか。
 と、あれこれ考えていたところ、
「アあ、なんとナく分かルなあそレ」
 すんなり納得してみせたのはシルヴィアだった。
「おお、分かっちまうのかよ」
「ええと、ちなみにどの辺がですかね……?」
 黄芽が驚き、続いて白井が尋ねる。しかしシルヴィアはその二人どちらでもなく、紫村へと視線を向けた。先程の金剛と同じく曖昧な笑みを浮かべて――しかし、その「曖昧さ」の原因は、金剛のそれとは違っているようだった。
「『今』の話なんでショ? そレって」
「ええ」
 ――今の話? 黒淵の今ってーと……言い出したのが紫村さんで……ああ。
 ――ああ、そうか……。
「はは、なるほど」
 白井は、力ない笑みを浮かべてみせるのだった。


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