「位置よーし」
 強烈なお一人、と自身の部下からそう呼ばれたその女は、先程作り直すことが決定した機会が表示している座標、つまりは鰐崎の現在地を、声出しに加え指差しまで交えて確認した。それと同時に浮かべた悪戯を思いついた子ども染みた笑みを加味すると、その動作は見る者に「わざとらしい」という印象を与えるものだった――が、しかし現在、彼女の周りには誰もいない。
「方角よーし」
 こちらは手元の機械に何の表示があるわけでもないのだが、鰐崎がいるとされる部屋――位置は分かってもその高さ、つまりその部屋が何階なのかは、依然として不明なのだが――のほうへ軽く視線を送りつつ、彼女は続けてそんな確認もしてみせる。もちろん、それを誰が聞いているというわけでもないのだが……。
 そして、
「角度は……どーでもよーし。だってねえ? 何階なのか分かんないんだしねえ?」
 やはりこれも誰が聞いているわけでもないのだが、しかし彼女はそんな言い訳染みた台詞を、しかししかしそれには相応しくない満面の笑みで口にするのだった。
「にひっ」
 そうしてとうとう声にまで笑いが漏れてしまったところで、
「設計図五番」
 彼女はとうとう、鰐崎への悪戯を実行に移す。 

「ぬおっ!?」
 その突然の事態に真っ先に声を上げたのは、他ならぬ鰐崎であった。
 もちろん、この時この場で注目を集めていたのもまた彼であった以上、彼に起こったその異変は、緑川と千春も含めた部屋内の全員が同時に目撃していたのだが――。
 ――床から何か生えてきた!? 何あれ!?
「外のヤツか!」
 緑川がその「床から生えてきた何か」に、そしてその「何か」が鰐崎を包み込む様に仰天した頃にはもう、声を上げた黄芽、そしてそれに続いた白井の二人が、窓へ向けて駆け出していたのだった。
 その「何か」――土台の付いた大きな筒のような――が、突然室内に現れるなどという常識外れの事態について、それが鬼道によるものであることを疑う余地はない。そして鰐崎が手錠によって鬼道を封じられている以上、それは彼の仕業ではあり得ずない。ならば他に候補者が居ない以上、自動的に「先程から外にいる何者か」の仕業ということになる。
 それはつまり、緑川が驚いている間に黄芽と白井はそこまで判断し、そしてその対処のための行動に出たということになる。
 それは逆に言って緑川は判断が遅れたということになるのだが……しかし、その驚きを以てその大きな筒のようなもの、ひいてはその中に包み込まれた鰐崎に意識を集中させられていたからこそ、気付けたこともあった。
「ああ、今回は大砲ですか」
 筒の中で、鰐崎はそう呟いていたのだった。
 ……全身がその筒、もとい大砲にすっぽり覆われていたので、その時の彼の表情は分からなかったのだが――。
 ――って、大砲!?

 緑川達がいる部屋に「大砲」が現れたのと同時に、外にいる女の手の中には小さな機械が収まっていた。それは誰が手にしても「手に握って親指で押す」以外の使用法は思い付かないであろう、先端が押し込めるようになっている棒状の装置だったのだが――。
「それでは、鰐崎君発射!」
 彼女はその見たままの用途通りにその装置、つまりは大砲の発射スイッチを、そうすればどうなるかを簡潔に表した掛け声とともに押し込んだのだった。笑顔で。

「んだぁ!?」
 開けた窓から白井と共に飛び出した黄芽は、三階の高さから地面に着地するまでの間に、その光景を目撃することになった。
 隣の窓からも自分達と同じように人が、しかし自分達とは違って窓を開けないまま、その窓を突き破って飛び出してきたのだ。
 その人物はもちろん鰐崎であり、そして鰐崎である以上は重ねてもちろん、全裸である。初めから分かっていることとはいえ、色々とショッキングな光景であるのは否定しようもないのだった。
 ……というような滞空時間を経て、着地。目の前には見知らぬ女と、そしてその傍に大きな音を立てて激しく着地、もとい落下、または着弾した鰐崎が。
「あれ? なんか知らん人まで出てきちゃったぞ?」
 女は目を丸くしている。それを言葉通りに受け取るのなら、彼女は黄芽と白井が窓から飛び出してきたことのみに驚いているのであって、鰐崎が飛び出してきたことについては毛ほども――。
 ――いや、状況からしてコイツがあの素っ裸をここまで吹っ飛ばしたのか。
 ということは理解できたのだが、
 ――……その素っ裸が素っ裸なことについては何のコメントもねえのかよ。
 ということは、あまり理解したくないのだった。
「に……逃げてください」
 そしてその素っ裸、もとい鰐崎は、三階の高さから地面に叩き付けられたダメージを引きずりながら、しかしそれに対する文句よりも何よりも先にそう告げた。
 とはいえ女のほうは黄芽と白井の登場に驚いていたし、しかもその「知らん人」という口ぶりからすると、黄芽と白井が鬼であることすら知らないのだろう。であれば、状況の説明を全て省略して逃げろとだけ言われたところで、
「おっけー」
 ……言われた通りに逃げ出したのだった。乱暴ながらも、手錠が嵌ったままの鰐崎の手を引いて。


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