頭も含め、全身を一度に攻撃する。今の極端な姿を見れば一目瞭然な狙いではあるものの、しかしだからといって高らかに宣言する必要もないだろうそれを自分から暴露した鰐崎。そのおかげでわざとらしいくらいに明らかとなった攻撃のタイミングを、しかし彼はそのまま白井にぶつけてきた。
 ならばその分かり切った一瞬の間に、白井は思考を巡らせる。これまで通りに無抵抗のままでいるか、それともここからは抵抗してみせるべきなのか。
 ――そうだな、今頭をやられるのはちょっとマズいか。
 工具箱なり物置なりを漁れば殆どの一般家庭から出てくるであろう、極々一般的な金鎚。鬼と修羅の戦いにおいては武器として扱う、どころか武器と定義すること自体に差し支えがありそうな程素朴で地味なそれを、白井は鰐崎に向けて構えてみせた。
「いーぃただっきまぁーす!」
 対する鰐崎は、白井がようやく「やる気」になったらしいことなどお構いなしに飛び掛かってくる。そこまでする必要はないだろうに、まるでその大口の内側に隙間なく敷き詰められた牙を見せ付けるかの如く、上下の顎を百八十度開いてみせながら。
 ――…………。
 いや、見せ付けるというなら牙よりもあちらだろうか。口の奥、喉に当たる位置から覗いている鰐崎本来の顔を見て、白井はそう考えた。
 故に、構えた金槌で狙うのはその顔……では、ない。
 鰐崎の性格からしてなさそうな線ではあるが、そこを狙うよう誘導しているように見えなくはなかったし、そしてそうであろうがなかろうが、あの伸縮自在な牙がずらりと並ぶ中へ腕を突っ込むわけにもいかないだろう。顔へ届く前に腕を刺し貫かれるのが落ちである。
 というわけで白井は鰐崎の全身を使った噛み付きを躱し――といっても、無駄に跳躍したりしているので造作もないことではあったのだが――敵の代わりに地面を噛み砕くことになったその上顎を、思い切り殴打した。
「ぎゃあっ!」
 閉じた口の内側、しかもその口自体が地面に半ば埋まるような格好になっているのでかなりくぐもってはいたものの、鰐崎は悲鳴のようなものを上げた。癒合させられそうになったのを察知した時もそうだったが、やはり鬼道によって生やされたこの腕にも痛覚はあるのだろう。白井は目を細めた。
 次の瞬間、金鎚を叩き付けた辺りから数本の槍が突き出されるが、それは初めから想定されたことであり、何なら突き出される前から既に回避行動を取り始めてすらいた。
 遠過ぎれば一方的に槍での攻撃に晒されるが、近過ぎればそもそも全身どこからでも生えてくる槍を避けることができない――突き出される槍に見てから反応できるギリギリの距離が、この戦闘において白井が取るべき間合いであった。
 そして鰐崎の方も、距離を取った白井へ矢鱈に槍での攻撃を繰り返したりはしない。それを諦めたからこそ今の異常な姿を取っている以上、ここで動かないのは必然とも言えるのだろう……が、しかしそれ以前に、という話でもある。
 ――そもそも、あれじゃあ前見えてるわけないもんな。頭はすっぽりデカい口に収まってるし、しかもその口が地面に半分埋まってるんだし。
 受けた痛みを基にその付近を攻撃するくらいなら視界が塞がったままでも可能だろうが、という話。結局、軽くよたつきながらそのアンバランスな身体を直立させ、ついでに口の中に入り込んだ大量の土を吐き出し終えるまで、鰐崎が動くことはなかった。
「うん、ジャンプしちゃあ駄目ですねジャンプしちゃあ」
 口の内側はもちろん、その奥の本来の顔まで土塗れになりながら、鰐崎はおどけるようにそう言った。そしてその直後、「いや、でもこれはこれで良いのでは?」とも。
「このまま噛み付けば、傷の中に土が入り込みますよね? いかがでしょう、それは貴方にとって不都合なことだったりするのではないでしょうか?」
 いくら傷を治せても、その内側に残された異物まではどうにもならない。それも簡単に掻き出せるようなものならまだしも、土ほど細かいものとなると……まさか、襲い来る鰐崎を無視して水洗いをするというわけにもいくまい。
 傷の内側に土が残っても、実質的には多少の痛みが残る程度だろう。ただ、その多少の痛みで、同じく多少ながら動きが鈍るのは問題だった。
 槍に見てから反応できるギリギリの距離。白井が取るべきその間合いは、痛みで動きが鈍る程にどんどん広がってしまうのだ。それが反応した後反撃に移れない広さにまで及んでしまえば、以降はもう白井に攻撃の機会はほぼ訪れない、ということになってしまう。「返事がないのはこれまで通りですが――ふふふ、どうやら思った通りのようで」
 それならそれで他のやり方もないではないんだけどな。と、得意げな笑みを浮かべる鰐崎に対し、その笑みを叩き潰す方法を思い描く白井だったが、
「ところでもう一つお話があるのですが」
 ――何かあるたび喋るよなお前。まあ、性格以外のところでそうする理由があるとすれば、思い当たるところはあるけど……で、それはともかく何だよ今度は。
「ようやくこちらの攻撃を避け、ついでに反撃までしてくれたことでやっと分かったのですが……貴方、黒淵さんより弱いですよね?」
 ――…………。

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