「不思議ですよねえ。貴方も黒淵さんも同じ修羅――ああ、そちらの場合は鬼ですか。同じ鬼だというのに、なぜあそこまで強さに差があるのでしょうか? 実際にお二人と手合わせをさせて頂いた身としては、あれは個人差で済まされるレベルではない、としか思えないのですが……」
 黒淵と鰐崎の戦闘を実際に見ていたわけではなく、その内容を黒淵からつぶさに聞かせてもらったわけでもない白井には、鰐崎の言っている「差」がどの程度なのかは分からない。が、そうでなくとも獄長という肩書きを持つ黒淵が自分、というか自分達より強いことは初めから分かっていたし、そしてそもそも、今の話について白井が引っかかったのはそこではなかった。
 ――結局はそれか。強いとか弱いとか。
 白井は今まで、鰐崎からもたらされた痛みと苛立ちは全て、今は仕舞い込んでおくべき怒りを紛らわせるためのものとして受け入れてきた。が、今の話には初めて、ただ単純な鰐崎に対する苛立ちを掻き立てられてしまう。
 ――僕が黒淵さんより弱いなんてことは当たり前だし、誰かからそう言われたところでそれは、いちいち腹を立てるような話じゃあない。……けど、それが挑発になると思ってる奴がいて、しかもそいつが修羅だってんなら、こんなに頭にくる話も中々ないよな。
 ――……。
 ――お前らみてえな物騒な連中とは違ってな、こっちは好きでなったわけじゃねえんだよ。鬼になんか。いつもいつも……いっつもいっつも「強いほうが偉い」とかいう訳の分かんねえ理屈を押し付けてきやがって!
「白井!」
 とそこで、白井の耳に黄芽の声が飛び込んでくる。そしてその直後、紫村からすぐ近くに新しい反応が現れたという連絡も。
 鰐崎に対する強い苛立ちは怒りにまで達し、ならばとうとうこれまで抑え込んできたものも、それと連動して表に出てきそうになっていた。が、しかしそれらの声、つまりは黄芽と紫村のおかげで、怒りも「それ」も再度裏側に押し込めることができたのだった。
 ――で、今この場に「新しい反応」ってことは。
 二人のおかげで平静を取り戻した白井ではあるが、その二人はどちらとも、それを目的としていたわけではないだろう。黄芽は自身も戦闘の最中であり、紫村に至ってはそもそもこの場に居ない。白井の激昂を予期してそれを抑え込む、などという芸当はできよう筈もない。
 ……ないのだが、しかし結局、白井はもう一度二人から抑え込まれることになる。
 もし、二人から声が掛からなかったら。
「おや、取り込み中だったか」
 もし、二人よりも先に気付いてしまっていたら。
「なんとも凄まじい格好になっているが……どちらか一方が鰐崎くんである以上、もう一方は逢染さんか。となると、ふむ。勝手に鰐崎くんを使ったことはばれてしまったわけだな」
 怒りに任せて全てを台無しにしてしまっていたと、白井はそう確信する。
「そして鬼の方は、狙ったわけではないがまたお前達か。くくく、憶えているか? 私のことは」
 見間違える筈がない。その顔も、そして口の端を僅かに持ち上げるその笑みも、憶えているどころか脳裏に焼き付いているのだから。
 緑川を付け狙う男、求道奏清。募らせた怒りを抑えに抑えて待ち続けた相手が、ようやく表れたのだった。
 ――でも、もう、あと少し。

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