第七章
「幽霊の正体見たり枯れ尾花。さて、見えますかね?」



「言うまでもないとは思うが」
 異形の姿のまま暴れ続ける逢染、そしてその逢染と戦い続ける黄芽達。一方で白井と鰐崎はその手を止めており、ならば消去法、加えて求道が浮かべているその見慣れた笑みからして、彼のその言葉は白井に向けられたものなのだろう。
 まさか鰐崎、つまりは仲間に対してまでそんな口元だけで人を小馬鹿にしたような顔をするのなら話は別だが――と、白井はその傾いた首で求道を睨み付けた。
「私が今ここにいるのは、鰐崎くんと逢染さんを逃がすためだ。どうだ? 私を止める算段は付いているのかな?」
 ――…………。
 一度目、穂村姉弟を逃がされた時。
 二度目、彼らが根城と「していた」ビルで白井と黄芽を待ち受け、喋るだけ喋って悠々と逃げおおせた時。
 そして今回が三度目、ということになるのだが、
「いいえ」
 求道の鬼道を止める手立ては未だ見出せていない、というのが現状なのだった。
「そう、か」
 前回前々回がそうだったように、あちらは余裕綽々。嫌味の一つでも被せてくるかと思っていた白井だったが、しかし求道はそれだけ短く返すと、少し離れた位置でおぞましい咆哮を上げ続けている「仲間」を見遣った。
 次いで、苦虫を噛み潰したような顔にも。
「で、鰐崎くん。逢染さんは『行ける』のか? というか今のその状態、喋れるのか?」
 逢染の暴れっぷりと叫び声を見聞きしてのことなのだろう。つい先程は化け物二人のどちらが鰐崎でどちらが逢染なのは分からない、というようなことを言っていた求道だったが、ここでは白井と相対している方を鰐崎と断定してみせるのだった。
 そしてその鰐崎は、「ええ喋れますよ」となんの緊張感もなく。初めからずっとこんな調子ではあるのだが、しかしやはり知っているということなのだろう、求道の鬼道のことを。そしてもしかしたら、白井達が過去に二度、それを止められていないことも。
「逢染さんの方も問題はありません。担ぎ上げて頂いた際にこっそりと済ませておきました。私が求道さんの指示で動いていると知られたら、間違いなく不興を買ってしまいますからねえ。まあ、こうなってしまった以上はそれも無駄骨だったわけですが」
「お気遣いはありがたく頂戴するが、こっそりって鰐崎くん。きみ、それどう見ても全裸だがどうやって……いや、詳しくは聞かないでおこう。答えなくていいぞ」
 それは恐らく、求道の鬼道の性質についての話なのだろう。故に、白井に余計な情報を掴ませないよう話を切り上げた――わけではなく、どうやらその歪んだ表情からして、求道は何かしら嫌なものを想像してしまったらしい。
 全裸では達成しにくい条件……などと真面目に考えるのが馬鹿らしくなってしまうところではあるが、しかしそれでも考えるほかない。
 ――あいつ今、「こっそり」ってところに引っ掛かってたか? ってことはつまり、裸でも可能ではあるけど、相手に知られないままの達成はしにくいような条件……何だ、道具か何か使うってことか? あの変態だったら股間と同じ要領で、裸でも隠そうと思えばいくらでも隠せるんだし……。
 というところまで推理した白井はしかし、その推理が当たっていた場合に生じ得る問題にも気付いてしまう。
 ――って、ああ、だとしたらつまり、股間に隠してたってことになるのか……。
 求道が現れた時点で鰐崎は既に今の、局部のみならず全身を己の鬼道で補強した姿だった。ならば白井と同じ想像をしたと断定まではできないし、そもそもこれは白井の推理が当たっている前提での話ではあるのだが、しかしそれでも、求道が表情を歪めた気持ちはよく分かってしまう白井なのだった。
 無論、同情はしないが。
「ともかく」
 気を取り直して、ということなのかどうかはさておき、ここで求道が白井を向き直る。
「問題ないということであれば長居は無用だ。では鬼ども、またいずれ」
 ――余計なお喋りを挟んでおいてよく言う。
「ええ」
 果たしてその白井の返事は耳に届いたのか否か。求道は、そして鰐崎と逢染の二人も、言うが早いか何の所作を挟むこともなく、その場から消え失せてしまうのだった。過去の二回と同じく、である。
「白井!」
 矢継ぎ早に飛んできたのは黄芽の声。逢染から解放された彼女は、そこから一息すら吐かないまま白井へ駆け寄りつつ、
「仕込みは!」
 と短く、かつ鋭くそう問い掛ける。
 ずっと傾けられていた首を真っ直ぐに正し、微笑みすらしながら白井は返す。
「もちろん、きっちりと」
 しかしその白井の表情、そしてその色よい返事に反して、黄芽は一層に表情を険しくさせる。そして程なく、その足が白井の下へと到達すると、
「――頼むぜ、相棒」
 その相棒の耳に届くかどうか際どい声量でそう呟くと、手にしている大金棒を振り上げるのだった。
 ――頼まれました。


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