――好みの話は置いておくとして、どうしてこいつは楽観的でいられるんだ?
 形忘れとなった……なってしまった逢染への興奮を隠そうともしない鰐崎との交戦が暫く続く中で、白井は彼に対してそんな疑問を持った。
 人の形を忘れて化け物と化してしまう形忘れであるが、しかしこと戦闘に関して言う限り、それは「強化」でなければ「弱化」でもなく、飽くまでも「変化」でしかない。なのでその変化にさえ対応できてしまえば――逢染の場合、特筆すべきは身体から生えた複数の日本刀と、それを一度に扱う複数の腕ということになるだろうか――急に苦戦するようになる、というようなことは起こらない。
 ……というのが、時にはああして形忘れと対面することになる鬼達共通の認識である。
 そして白井が見ていた限り、逢染もその認識にしっかり当て嵌まっていた。強化でも弱化でもないその「ただの変化」に勝ちを賭けた、という見方もできないではないが、しかしそもそも彼女らが今この場で達成しなければならないのが「勝利」ではなく「逃走の成功」である以上、それは賭けるにしても余りに不確定であり不安定であり、つまりは賭けとして分が悪すぎるのだ。
 故にこそ、鰐崎の楽観的な態度が気になりもしたのだが……。
「それにしても、実に聞いていた通りの戦い方をなさるお方で」
 その気に掛かれば癇に障りもする態度を崩さないまま、鰐崎はここで一旦手を止め、何やら話し掛けてきた。
 考えている間にも全身に穴を空け続けられ、そしてそれを塞ぎ続けてもいた白井は、ならば意識をそちらへ向ける。
「自分からは手を出さずに相手の隙を窺う、と。ふふふ、いくらやられても問題ないというのなら、そりゃあそうするのがお利口ですよねえ」
 言いながら、止めたかと思った手を――槍を、またも白井に突き立てる鰐崎。しかしもちろん、これまで繰り返してきたのと同様にその傷はたちまち塞がり、そして流れ出た血液も、傷の治癒に合わせて消え去ってしまう。
 ならばそれと同様に、今しがた白井に突き立てられた槍からも血糊は消え失せる。鰐崎はその、まっさらになった槍を眼前にまで引き戻し、その様子を確かめながら続けて言う。
「傷が治るだけでなく、そこからの出血もなかったことになる、ということなんでしょうかねえ。ということは……ふふふ、今私に付いているのは全部、私自身の血である、ということになるんでしょうね」
 突き立てた槍を癒合させられそうになった際の、ちょっとした皮膚の破れ。鰐崎は、手傷というほどのものでもないその傷の一つを指で拭い、そうして指先に付着させた自身の血を弄んでみせる。
 ――人をさんざん穴だらけにしといて何言ってんだ今更。本当に今初めて気付いたってんなら馬鹿過ぎるぞお前。あとそれを抜きにしても気色悪いんだよ。
「とまあそれはともかくですね、私、ちょっと考えてみたんですよ」
 ――何だよ。
「こうやって少し離れた位置から刺し続けていれば、貴方から痛い目に合わされることはなさそうですよね? しかし見ての通り、それでは一向に埒が明きそうにありません。と、いうわけでですね」
 言うと、鰐崎は腰の辺りをぽんと叩いてみせる。そこにあるのは、その腰の辺りに巻き付き、隠さなければならない部位を隠している彼の槍、もとい鬼道によって生やされた腕だった。
「何分初めての試みなので、上手くいくのかどうかは自分でも分からないのですが……ふふふ、駄目だったらどうぞ笑ってやってくださいませ」
 いっそ笑われる事をこそ望んでいそうな口調でそう言うと、いやその時には既に、腰を覆っていた腕は全身に広がりつつあった。途中からは腕の本数も増え、数え切れないほどの回数、全身のシルエットが変わってしまうほどに自分の腕を巻き付け続けた鰐崎は――。
「ううむ、鏡があれば確認もできるのですが……ま、いいとしましょう。変身完了! です!」
 ――質量保存の法則とか……は、そもそも幽霊だし質量なんて始めからないのか。で、前見えてんのかそれ?
 自身の上半身を丸ごと、爬虫類もしくは恐竜を思わせるような、巨大な口と化させてしまったのだった。
 それを支える下半身もある程度の補強はされているようだったが、とはいえそれでもやはり見た目のアンバランスさには結構なものがあり、なのでその姿は滑稽なふうにも見えないではない。……その巨大な口の内側が一面、先程まで白井を貫き続けていた槍の先端で覆われている点を抜きにすれば、だが。
「さあ! 先程からそこだけは守り続けている頭も含めて! 全身を一度に噛み砕いてみましょうか!」

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