――正義の味方、ねえ。
 敵を前にして味方に脅しを掛けるという奇妙、どころか異常とすら言えそうな言動をみせる逢染に対し、しかし黄芽が気に掛けたのはそこではなく、こちらを「正義の味方」と表現したことについてだった。
 別にその形容に不服があるわけではない。なんせ以前に求道の護衛、つまりは敵として相対した穂村冷香には、自分からそう称したことがあるくらいなのだ。……が、他人から称されるのと自分から称するのでは、意味合いが変わってくるところでもある。
 正義の味方。穂村や逢染、つまりは鬼から追われるような者達からすれば、それはただただ鬼という職業の性質を差した言葉なのだろう。言い換えれば、職に就いている個人を言い表したものではない、ということになるのだが――しかし。その「個人」本人が自称するとなれば、
「いやはや、それにしてもその正義の味方さん達ですが」
 余計な思考がぴたりと止まる。その余計な思考の大元となった言葉が再度耳に入ったのもそうだが、しかしやはり、ここで初めて鰐崎がこちらへ言葉を掛けてきたというのが大きかった。
 相対する黄芽を見据え、鰐崎はこう続けてくる。
「黒淵さんもそうでしたけど、よくよくこちらの与太話に付き合ってくださるものですねえ。彼女の場合は、ご自身の性癖に因るものということで理解もできたのですが……」
 そんなもんで理解すんなよ、と言い返したくなる黄芽であったが、ここで鰐崎がくるりと身を翻し(全身余すことなく見せ付けてくんじゃねえよこの変態)白井へと向き直ったことで、無用な返事は喉元で留めておくことになった。
「貴方なんかもう、今すぐにでも私達を捕まえたいと――」
 そう声を掛けられた白井は、しかし依然として首を横へ傾けたまま、鰐崎へは何の反応も示さない。強いて言えば、その大きく、目尻が裂けんばかりに見開かれた眼に映す対象を、二人からそのうちの一人へと絞った程度のことである。
 それを受けてその一人、鰐崎は口の端を笑みの形に歪ませて先の言葉を訂正した。
「いいや、害してしまいたくて仕方がない……というふうに見受けられるのですが?」
 白井自身からの返事は得られないと踏んだか、今度は黄芽を振り返ってそう尋ねてくる鰐崎。
 溜息ののち、黄芽はそれに答えた。
「邪魔くせえけど、お前らとお喋りすんのも仕事のうちだからな。普通の警察だって無言で追っかけて無言で逮捕して無言で連行するってこたねーだろ? それと一緒だよ」
 その口調はどこか笑みを含んだものであった。直前の溜息もあり、ならば鰐崎からすればそれは、憎々しい相手と会話をしなくてはならない立場を自嘲している、というふうに取れるものだったのかもしれない。
 そしてもしそうだったとして、その解釈はあながち間違っているというわけでもないのだが――しかし、要因としては他にもっと大きなものがあった。
 とはいえそれはこの場で明らかにするようなものではなく、なので不自然にならないよう話を進めるしかないわけだが。
「で、なんだ。さっき一対一が二組とか言ってたけど、じゃあどっちがどっちの相手してくれんだ? 俺らは別にどっちでもいいっつーか、一対一でも二対二でも構わねーんだけど。……ああ、逃げるってのはナシな。見りゃ分かるだろうけど」
「そうですねえ……私としては当然、女性のお相手をしたいところではあるのですが」
 ――当然じゃねーよくたばれ変態。
「しかしそうなってしまうと、逢染さんとそちらの男性がぶつかることになってしまうわけで……ふふふ、それもやはり避けたいところではあるんですよねえ」
「あん? なんでだよ」
 先程の会話からして、この男は逢染を護衛する立場にあるらしい。ならば白井と自分を比べて白井のほうが手強いと、つまりは自分のほうが弱いと、そう踏まれているのだろうか。一瞬そんな考えを頭によぎらせる黄芽だったが、とはいえまだ戦闘行為を開始してはいない以上、強弱の基準に成り得るのは性別くらいのものである。しかしこの男はつい先程女性である黒淵に叩きのめされたばかりであり、ならばさっきの今で尚も性別を基準に実力を推し量るようなことはないのではないか、とも。
 その一方、嘗めてかかってくれるならそれはそれで結構だけどな――と、そんなふうにも思っていたのだが、
「暴力沙汰となると、人間どうしても根っこの部分が表に出てきやすいものです」
 何故か大仰に腕を広げてみせながら、微笑すら浮かべて語り始める鰐崎だった。
「となると必然、そこには人と人との深い部分での交流が――俗な言い方をすれば、惚れた腫れたの事態が発生しやすいわけです。逢染さんの素晴らしさは言うまでもないとして、そちらの眼鏡の方も中々ハンサムでいらっしゃるわけですし」
「…………」
 暴力沙汰で見せる根っこで惚れた腫れたってどういう神経してんだよ。
 という指摘は、思い浮かべることすら放棄する黄芽なのだった。
「そういうわけですので、残念ですが仕方ありません。そちらのハンサム眼鏡君は私が担当させて頂くことにしまして、貴女のお相手は逢染さんにお任せすることに致しましょう」
「そーかよ」
 よくこんなの好き好んでボコったな黒淵の奴。変態同士気が合ったりすんのか?


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