――確かに気持ち悪いけど、てめえで腕切り落としといてさらっと言うようなことかよ。
 にべもない様子の逢染にそんな感想を抱く黄芽ではあったが、しかしそれに続けて、
 ――いや、この後の展開によっちゃあ俺も人のこと言えなくなるかもしんねーのか。
 とも。
「ところで、気になるのはこっちだけど」
 一方、もちろん黄芽のそんな逡巡を知る由もない逢染は、鰐崎から逸らした視線を足元へと。そこに落ちているのは彼女が切断した鰐崎の腕であり、ならば結局のところ、「その視線はまた鰐崎へと向けられた」という言い方もできるのかもしれなかった。
 とはいえそんなズレた捉え方をするのはその鰐崎だけなのだろうし、そしてそもそも、逢染が気にしているのは鰐崎の両腕ではなかった。
 彼女はその興味の対象、未だ鰐崎の両腕に嵌められたままの手錠を持ち上げようとしたのだろう。地面に突いていた刀の切っ先を、その鎖部分に引っ掛けるようにしてみせた。
 が、
「っと、あらら。こうなんのね」
 その手錠は、鬼道を封じる性質を持つものである。今回も滞りなくその役割を果たした手錠は、鬼道によって呼び出された刀を、触れた瞬間に消失させてしまったのだった。
 ――ってことは、だ。
 それを見て黄芽は大体の見当を付ける。他所にあった物をここへ運んできただけであれば、手錠に触れたからといって消え失せたりはしない――ならば逢染の鬼道は、「運ぶ」のではなく「生み出す」性質のものなのだろう、と。
 もちろんそれが彼女の鬼道の全てというわけではないのだろうが、例えば呼び出した武器を手放させたり破壊したりしたところで、彼女は際限なく替えを用意できてしまう、というようなことは想定しておいたほうがいいのだろう。
「まあ丁度いいか、元々引っ込めるつもりだったし」
 軽い調子で言いながら、逢染は刀を握っていた手をぷらぷらと振ってみせる。刀に起こった異変が手にまで及んでいないか確認する為の動作ではあったのかもしれないが、それにしたって緊張感に欠け過る様相であった。
 ……というのは彼女の場合、その相方も含めて今に始まったことではない。しかしいくら何でも、敵と向き合っている最中に所持していた武器が突然消失するという状況を前にして、となると――。
 ――元々引っ込めるつもりだった?
「なんだ、素手でやろうってのか? こっちはこれだけど」
 担いでいる大金棒で肩を軽く叩きながら、黄芽は尋ねる。
 病室に突如出現した大砲を見て窓から飛び出してきたことに始まり、その後はこの奇妙な二人組を追っていたこともあり、これまでその握り慣れた金棒にはまるで意識を向けていなかったので、
 ――そういやよくちゃんとこれ持ち出してたな俺。
 などと。そしてもう一つ、
 ――おいおい、武器引っ込めるってまさか、やる気なくしたなんて言わねえだろうな。
 とも。だとすれば、そう判断する一助になったかもしれないこの金棒は、黄芽からすればむしろ忘れてきたほうが良かったということにすらなってしまうのだが……。
 しかし、その心配は杞憂に終わる。へらへらとした軽薄な笑みと共に「まさか」と黄芽の言葉を否定した逢染は、そこから更にこう続けるのだった。
「二番、拳銃」
 彼女がその言葉を口にしたことによって何が起こるか、もとい何が起こったかは、言うまでもない。
「本職相手に殴り合いなんてバカなことしないよ、そりゃね」
 その本職相手への殴り合いを慣行した挙句、本人曰く一方的にいたぶられ、挙句一度は捕まりまでした人物に背中を預けていることなど、まるで意に介していない様子であった。
「さあ準備完了、いつでもいらっしゃい。……ん? この場合、こっちからぶっ放しちゃったほうがいいのかな? へっへっへ、撃つ練習はしたけど実戦ってのはよく分からんね」


 白井は待っていた。
 その傾いた首が示す通り、既に冷静さは失っていたが、代わりにその身を満たしている激情を以て、ただひたすらに待っていた。
 しかし何を待っているのかは、自分でも分からない。――と、そういうことにしておいた。「それ」を頭に思い浮かべようものなら、待ってなどいられるわけもないと分かっていたからだ。
 そうして待っているうち、逢染が鬼道を行使して拳銃をその手の内に出現させ、そして黄芽に対してこう言った。
「さあ準備完了、いつでもいらっしゃい」
 それを聞いて最初に動いたのは、それを言われた黄芽ではなく、またそれを聞き流した白井でもなく――。
「しぃぃいいイヤァアアアッ!」
 鰐崎だった。逢染の準備が済んだのならばその背中を守る段ではなくなった、ということなのだろうが、それにしてもその判断は素早かった。いっそ反射と言ってもいいほどである――なんせ、逢染は続けてまだ何か喋っていたのだ。
 もちろんその逢染の言葉を気にする白井ではなかったし、そもそも鰐崎の雄叫びのおかげで聞き取れない。なのでそちらに気を取られるようなことはなく、鰐崎が自らの鬼道によって全身から突き出した手、もとい槍は、余裕をもって回避した。
 ただしそれは、首から上を狙ったもののみの話である。
 それ以外、首から下を狙ったものについては、初めからどこにも当たらないルートで突き出されたものを除き、逆に一つ残らずその身に受けてしまうのだった。

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