「それは単に、今日の担当があの二人だったということなのでしょう」
 間を置かずにそう返す鰐崎。予め答えを用意していた――というよりは彼自身も、そのことを気に掛けていたのだろう。なんせその二人に追われていた当人である以上、それを疑問に思う時間、そしてそれに対する回答を思い付くも、たっぷりあったのだから。
 そんな余裕あっての回答であるが故、鰐崎はこんな情報も付け加える。
「たしか週毎でしたよね? 鬼さん方のシフトの周期って」
 するとそれに対しては逢染が、おどけた口調で「羨ましいねえ」と。
「一週間働いたら数週間休みって、ねえ? 天国じゃん」
 皮肉のつもりなのかそうでないのか「天国」という言葉まで持ち出した割には、あまり羨ましくはなさそうに……というか、嫌味ったらしい色を含ませる逢染。
 一方で求道はというと、眉間に皺を寄せていた。
「規則だから担当の二人だけで追う、なんてことになるには私は少々、恨みを買い過ぎているようにも思うんだがな。鰐崎くんのことだ、捕まった時に私のことは話してしまっているのだろう?」
「おや。うふふ、よくご存じ頂けているようで光栄の至りですねえ」
 そう言って嬉しそうにしている鰐崎へ、逢染は如何にも気持ち悪そうな視線を送る。が、口の方ではそちらに触れることなく、「そんで求道くん」と。
「笑いごとで済ませていいのかい? それって」
「そうでなければ鰐崎くんには声を掛けませんしね。……と、これは失言でしたか」
 部下を勝手に連れ出した人物のその発言には、「へっへっへ」と湿っぽい笑みだけを返す逢染だった。
「ともあれ」と求道。
「鰐崎くんが話そうが話すまいが、目的が『あの少年』だという時点で、あちらからすれば私が関わっているのは明白でしょう。そして、それ以外のことは鰐崎くんには伝えていませんでしたからね。そういう意味でも問題はありませんよ」
「目的ってのは……ああ、確か生き返りたいとかどうとかいう」
 逢染の口調は冷めきっていた。興味がない、というよりは、侮蔑しているかのような口調である。そして求道はというと、彼女がそんな態度を取ると初めから分かっていたのか、特に取り合うわけでもなく「ええ」とだけ。
 そして本題、つまりは追手が黄芽と白井の二人だけだったという話に立ち返ったのだろう。求道は辺りを窺うようにしてから、
「取り越し苦労ならいいんですがね」
 と。
「泳がされたかもしれないってことかい?」
「……まあそうだったとしても、彼女らがこの転移先に現れるということはないでしょうがね。私が鬼道を使う瞬間を観察しようとした、くらいがせいぜいでしょう」
 口調を鋭くさせた逢染にそう返し、改めて周囲を窺ってから、求道はここで無造作に自分の足元に落ちていた物を拾い上げた。
「どうやら本当に取り越し苦労だったようですし、ならば長居は無用でしょう」
 そう言って彼は踵を返し、歩き始める。たった今拾い上げた物、地面に落ちていた腕時計を、やはり無造作に自分の腕に嵌めながら。
「いっそウチまで一気に移動出来りゃいいのに、便利なんだかそうでないんだか微妙な鬼道だねえ相変わらず」
「うふふ、おかげで結構な距離を全裸のまま移動する羽目に――」
 求道に続いて歩き始めた逢染と鰐崎がそんな軽口を交わし始めたところ、
「ん? あれ、なんだか背中が」
 鰐崎が足を止めた。そして、
「おっと、さすがに動き出すとバレますか」
 鰐崎でも逢染でもなければ求道でもない、つまりはこの場に居ない筈の第三者、ならぬ第四者の声が、三人の耳に届いたのだった。
「良かったですね。取り越し苦労ではありませんでしたよ」


<<前 

次>>