「で、どうだったんだよ」
 自分でそれを虚勢と言った手前、ということもあるのだろうが、黄芽は早速本題に入ってきた。とはいえ依然、その顔は白井の方へ向けられてはいないのだが。
「上々でしたよ。さすがに本人の口から詳細にご説明頂けたわけではありませんでしたが、分かったことは色々あります」
「おう。そんくらいじゃねえと割に合わねえしな」
 うつ伏せのまま肩を竦めてみせる黄芽へは苦笑いを返してから、白井は続けた。
「まず、移動できる距離にはかなりの制限があると思います。今回移動した先は隣町、しかも随分とこの地区よりの場所だったんです。紫村さんのことを考えたら、そんなギリギリを攻めて遊んでる余裕はない筈ですしね」
「まあ、感知できる範囲だって正確なとこまでは分かりっこねえわけだしな。……そうか、近場限定か」
「ええ」
 その時黄芽が浮かべた表情を、彼女の後頭部越しながらも白井は容易に想像できてしまう。そして、
 ――近くだと分かっているなら、色々とやりようはありますもんね。
 恐らくは黄芽と同様のものであろう薄笑いを、自分も浮かべる白井だった。
「それと、移動先の場所ですね。これも自由というわけではないようです」
「ほう」
「求道、移動先で腕時計を拾って、しかもそれを何の躊躇もなく自分の腕に嵌めてたんですよ。そこら辺に落ちてた物なんか、拾って盗んじゃうにしてもちょっとくらい調べたりしますよね? なので、あれは求道本人のものだったんだろうな、と」
「じゃあ、その腕時計――に限るかどうかは分かんねえけど、ともかくそれを置いた場所に移動するってことか」
 納得しつつも迂闊な決め付けは避けてみせる黄芽。それは、状態の割には冷静である、と評価して差し支えのないところではある――のだが、しかしそれ故に、別に気付かなくてもいいことにまで気付いてしまう。
「……じゃあお前とやり合ってたあの変態、どっかにその移動先になる腕時計か何かを隠し持ってたってことだよな。あん時も求道の野郎は鬼道で出てきたっぽかったし、俺とやり合ってた女の方はたまたま合流しただけっぽかったし」
「でしょうね」
 その隠し持っていた「どっか」というのがどこだと考えられるかは、しかし敢えて言及するようなことではないだろう。……そこで生じた僅かな間からして黄芽も、口にはせずとも察しは付いているようだった。
「で、次は一緒に移動させる相手はどうやって指定してるかって話なんですが」
「それも何かあんのか? えらい面倒な鬼道だな」
「こっちにとっては好都合ですけどね。――これは推測の面が大きいですけど、恐らくはその『腕時計か何か』に触れているのが条件なのかな、と。僕が追い掛ける直前、女の方は行けるのかどうか、みたいなことを求道が言ってましたし」
「あー、そういやなんか言ってたな。変態が『担がれてる時にこっそり済ませといた』とか何とか……求道本人ならともかく、別人ができることっつったらそれくらいか」
 今述べた通りにそれは白井の推測によるところが大きく、なので「そうです」と断言はできない。が、しかしそれはそれとして、その時白井は黄芽に少し感心させられていた。
 これもまた今述べた通り、今の話は白井が求道達を追って移動する直前の話である。……よく覚えていられたな、と。
「あと、これは今回のことではないのですが、時間ですね」
「時間がないとか言ってたもんな、最初にあの火ぃ出す姉弟とやり合った時」
「時計を移動先に置いたり移動させたい人に触れさせたり、ということを合わせて考えると、その制限時間もそう長いものではないでしょう。あの時、何日も前から腕時計をそこら辺に置き去りにしっ放しだった、というのはちょっと考えにくいですし」
「だとしたらその何日間も紫村さんの感知範囲内でウロウロしてたってことになるもんな。そうでなくても、置いといた腕時計が人やらカラスやらにパクられたりするかもしんねえし」
「……カラスですか?」
「光りもんを集めるとか言うだろ」
「ああ」
 ここで動物の話を絡めてくるなんて随分と可愛らしい、などと思ってしまう白井だったが、しかしカラスは可愛い動物の枠組みに収まるか否か、そしてそれ以前にこの感想は黄芽本人の前で口にしてしまっていいものなのかどうか、迷ってしまうところでもあった。
 言ったら怒られそうだな、などと考えてしまうと彼女がこちらを向いていないにも関わらず目を逸らしてもしまうのだが、すると黄芽は、そうして生じた間をこう捉える。
「んだよ。アホなこと考えてんじゃねえってか?」
「いえいえ、そんなことは……」
 馬鹿にしたわけじゃないんですよ、と白井が逸らした目を再び黄芽に向けたところ、
「黄芽さん」
「あ? なんだコラ」
「目、赤いですけど」
「うっせえ」
 白井が目を逸らしている間に、黄芽はこちらを向いていたのだった。ベッドで横になり具合が悪そうになっていたことも含め、彼女のそんな様子が何を原因としているかを考えると、ついつい頬が緩んでしまう白井だったのだが、
「ゲロ吐く時は出るだろ、涙くらい」
「…………」
 意味するところはほぼ変わっていないというのに、言い方ひとつで台無しなのであった。


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