「それはともかく」
 台無しにさせた黄芽は、しかし自らその流れを断ち切りに掛かる。だったら言わなきゃいいのに――とは、白井の立場からは言いにくいところではあったが、ともあれ黄芽当人としても望むところではない話だったらしい。
 で、その「ともかく」の続きなのだが。
「眼鏡の替えあったんだなお前」
「え? ああまあ、こういう仕事ですし」
 言いながら、衣服と同様に身に着けてきた眼鏡に軽く触れてみせる白井。今回のような件は特殊としても、そもそもからして荒事ばかりの職種である。鬼という仕事は。
「割れ物ですからね、眼鏡。そりゃあスペアの常備くらいは当然です」
「割れる前提でよくそんなもん目玉の真ん前にぶら下げてられるよな……」
 無駄に得意げにしてみせたところ、黄芽からは苦い表情を返されてしまう。常用している身からすれば「そんなこと言われても」というところではあるのだが、しかし縁のない者からすれば、まあそんなものなんだろうな、とも。
 苦みを残したまま、黄芽は続ける。
「まあ、じゃあ、アレはお前で処分しとけな」
 うつ伏せのまま指差したのは、部屋の反対側。そこには棚が配置してあり、そしての上にはズタズタになったぼろきれと、割れた、どころでは済まされない破壊具合を呈した眼鏡が。
「わざわざ持ってきてくれたんですか」
「公僕が路上にゴミ放置しとけるわけねえだろ」
 ――それもそうか。
 棚に歩み寄り、ぼろきれを広げる。それが穴だらけになった自分の服であるというするまでもない確認を済ませた白井はまず、「ありがとうございました」と。
 そして、
「これ、捨てずにとっときましょうかね? 記念として」
「キモいこと言ってねえで捨てろ」
 さすがに冗談だったのだが、黄芽の否定と侮蔑は実に素早いのだった。
 では、それはそれとしておいて。
「それにしても黄芽さん、僕が言うのもなんですけど」
「なんだよ」
「慣れておいた方がいいかもしれませんね、今回みたいなことには。求道には今回のことで釘を刺せたと思いますけど、これで荒事がきれいさっぱりなくなる、ってわけじゃないでしょうし」
 同じような場面に遭うたび今のように具合を悪くされていたら大変だ、という話である。が、しかし――。
「慣れられてたまるかよ、相方の頭叩き潰すなんてこと」
「あ、いえ、僕だけじゃなくて」
「お前じゃねえなら問題ねえよ」
 …………。
「……言わせただろ、お前」
「あ、バレました?」
「調子戻ったら覚えてろよクソ眼鏡が。それこそ、いっそ慣れるためにもっかい頭叩き割ってやろうか」
「黄芽さんだったら別にいいですよ、僕も」
 そうでなければ今回の件がそもそも発生してないんですし、とまでは、言わないでおく。
「……お前ホントいい加減にしとけよお前」
「ははは、そうしておきます」
「あー気持ち悪い」
 言うなり、黄芽は再びそっぽを向いてしまった。
 であれば、戯れはこれ位にしておいて――。
「あの時」白井は、今話していた通り、黄芽に頭を叩き割られていた。そしてその後、「視覚と聴覚を発揮できる最低限の再生」を鰐崎の身体にて行い、鰐崎に気付かれるまでの間に求道の鬼道、あの転移能力の情報を得ることに成功した、というのが今回の話の流れになる。
 が、そもそも何故、黄芽に頭部を攻撃させる必要があったのか。
 それは、白井の鬼道が頭部を基点として再生を始めるものだからである。「頭部が存在する限り、その頭部を含むパーツが再生を始める」……のであれば、今回の場合、鰐崎に付着させた自らの血液から再生を始めるためには、白井は頭部を失う必要があったのだ。
 なのでつまり、求道の「パーツそれぞれが再生して二人に増えたりはできない」という仮説は正しかった、ということになる。
 ――だからどうなるってわけではないにせよ、それでもなんか腹立つなあ。
 では頭部を失った場合はどうなるのかというと、再生を始めるのは基本的には最も大きいパーツである。が、しかしその場合のみ、前もって再生するパーツを指定しておくことも可能なのだ。
 ……とはいえ、なにせ頭部を失った場合の話である。当然ながら事後の変更は不可能であり、なので白井はずっと、鰐崎の攻撃から頭だけは守っていたのだった。「どこからでも再生できる」ということが求道が現れる前に発覚してしまえば、相手はそれを警戒して鬼道の使用を控えるかもしれないからだ。
 ――それにあの変態、危なそうだったら自分を見捨てさせてでも求道は逃がす、みたいなこと言ってたし。いやあ危ない危ない。
 と、そんなふうに今回の件を振り返っていたところ、ここで黄芽から物言いが。
「何いつまでも黙って突っ立ってんだよ。話終わったんなら皆のとこ戻りゃいいだろ」
「邪険にしますねえ。いえ、ちょっと気になることがありまして」
「何だよ」
「黄芽さんでも苦しくないもんですか? うつ伏せって」
「あーそうだな、眼鏡の上から目潰しでいいか?」
「お大事に」
 逃げるようにそう言って、白井は部屋を後にする。親愛なる同僚を残して。
 ――傷を治す鬼道で傷付けてどうすんだか。
 自身の鬼道に対し、その実態に全く触れない名称を付けている白井。ならばここでも、それに即した悪態を吐くのだった。
 ――本当に、役に立たない能力だなあ。


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