年頃の女性が平気で半裸を晒している。ここが自宅内であるということを考えても、目の前にいる三人は家族というわけではない――共同生活を営んでいるにはせよ、それくらいの線引きは残っていた――であるならば、田上の対応は当然のもの、どころか「怒る」を通り越して「引く」という反応すら在り得る事態ではあるのだろう。
 しかし田上がそれを毎度の如く叱り付けているということである以上は当然、彼女がそうして半裸で家の中をうろついているのもまた、毎度のことなのである。そしてその結果、ここに住む者達はすっかりそれに慣れてしまったのだ。田上を除いて。
 女性である愛坂はともかく男性、しかも若いとは言えない年齢である魂蔵までもがこの状況を笑って済ませようとしている中、次に田上が上げたのは怒声ではなく悲鳴であった。
「詠吉ー! 助けてくれー!」
 するとそれとほぼ同時に、二階へ続く階段を下りてくる足音が。一回でこれだけ騒げば当然といえば当然なのかもしれないが、どうやらその人物は、田上の呼び掛けに先んじて動き出していたようだった。
 間を置かず、しかし無言のままに姿を現したその人物は、浮草とは対照的にがっちりと服を着込んでいる。現在が冬であることを考えても室内で、加えてそもそも寒さに強い幽霊であるなら――というのは詠吉と呼ばれたこの男、今神詠吉に限らず、今この場にいる全員が「そう」なのだが――例え外に出たとしても、厚着をする必要はまるでない。
 そんなところへマフラーまで着用している彼は、自分の名を呼んだ田上に軽く頭を下げた後、
「遊」
 と、マフラーの裏に隠れてしまっているその口で、静かに浮草の名を呼んだ。
 その声色は明らかにそれだけで彼女を窘める意図を含んだものであったのだが、しかし浮草は動じない。……というのはしかし精神面だけの話であり、
「ヘーイよっしー!」
 そう声を上げるや否や身体の方は思いっきり動かし、今神に飛び付き抱き着いてさえみせる。無論、あられもない恰好のままで。
「丁度ご飯出来て呼びに行こうとしてたとこだよ! 一緒に食べよ!」
「二人でじゃなくて皆でな。で、まずは服を着てこい」
 一緒に、とは言ったが、二人で、とは言っていなかった浮草。しかしそれについての指摘は彼女自身のみならず、周囲の田上達からも上がることはなかった。
「はーい!」
 田上の時とは違い素直に了承してみせた浮草は、元気よくそう返事をすると、奥の台所へと駆けていく。
「上は着けてすらねえのかよ」
 エプロンのみの着用故に丸出しであるその背中を見た田上は、苦笑いを浮かべるほかなかった。そしてもう一言、
「って、じゃあ台所で脱いだのかあいつ……」
 その移動先から、田上は元から苦かった笑みに苦みを足す。するとそれに対しては、二階から降りてきた直後に続き、今神が再度田上へ頭を下げた。
「すいません田上さん、俺もまさかわざわざ部屋を出てから脱ぐパターンがあるとは」
「いや、いつもお疲れさん」
 そこはむしろ日頃の労をねぎらう田上だったが、その後ろでは愛坂と魂蔵が首を傾げ合う。
「はて? 今更よっしー君が遊ちゃんのこと把握し切れないなんてあるもんかね?」
「着るのは面倒臭がりますけど、既に着てたものを脱ぐっていうのは引っ掛かりますねえ。私からしても」
 前述の通り、日頃から半裸を晒している浮草ではあるのだが、しかし彼女のそれは飽くまでも「脱ぎ癖」ではなく「着ない癖」である。今神の言い方からすれば彼と一緒に部屋にいた時には服を着ており、料理の為に台所へ移動してからあの格好になった、ということなのだろうが、しかし既に着ている物をわざわざ脱ぐというのは、彼女を知るものからすれば違和感を覚える行動なのだった。
「なんてことを真面目に考えるのもアホみたいですけどね」
 そもそもの行動が異常なのに、その機微について違和感も何もあったものではないだろう。溜息と共にそんな言葉を吐く田上だったのだが、するとここでも今神が頭を下げる。
「すいません、俺の役目なのに」
「いやいやお前はいいんだよ。お陰様で今のアレでも最初の頃よりゃ随分大人しくなったんだし」
 その「最初の頃」を思い出し、やや口の端を引きつらせがちにしながら田上が言うと、それに続いて愛坂と魂蔵もうんうんと頷いてみせる。すると、それを受けて今神の表情が少し和らいだ……のだが、
「遊自身も頑張ってますからね、あれで」
 彼は、そういう受け取り方をする男なのだった。
「そこであいつを褒められるんだからすげえよなお前」
「一人くらいはそういう立ち位置の人間がいたほうがいいでしょうし、じゃあ誰がそれをやるんだって言ったら、そりゃあ俺になりますしね。恋人なんですから」
「……ホントすげえよなお前」


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