『いただきまーす』
 台所から居間へと料理を運び終え、五人は揃って手を合わせた。
 揃って、と言っても本日は、もとい本日も、数名が欠けた状態ではあるのだが。
「料理自体はなー、褒めていい腕前だと思うんだけどなー」
「いやあ、それほどでも」
「うん、褒めてるけど照れるとこじゃねえよな」
 唐揚げ、トンカツ、ハンバーグ。先程の宣言通りにずらりと並んだ肉料理の数々を前に、田上は複雑な表情を浮かべた。
 昼間、それも運動直後の大量の肉料理だが、それを苦にするものがいないと分かったうえでの選択ではあるのだろうし、味の方も今更疑う余地はない――とまで言ってしまえるくらい、浮草の料理の腕前は信用している田上なのだが、
「これ作ってる時素っ裸だったんだよな、お前」
 箸で摘み上げた唐揚げを前に、尚も複雑な表情を崩せないのだった。
「だから、ちゃんとエプロン着けてたじゃないですか」
「変わんねーよ」
 見方によっちゃあ余計にどうのこうの、とまでは、言わずにおく。
 が、当然というか何と言うか、言葉を一つ引っ込めたところで収まりの付く話題でもない。
「衛生的な面で……は、エプロンしてりゃあ問題ないのか……?」
 ――下半身は始めから関係ねえとして、肩から腕が丸出しではあったけど、それが駄目なんだったらノースリーブとかで料理すんのも駄目になるしなあ。いやそりゃまあ、ちゃんとしたとこだったらそれも駄目なんだろうけど。
「ほーら何も問題ないじゃないですか」
「裸だってことに目を瞑ればな」
 と言い返してから、しまった、と魂蔵の方へ目を遣る田上。しかし彼に、そしてその隣の愛坂にも、特に気にする様子は見られなかった。
 それでも自戒はしておくのだが、するとそこへ「もう、ああ言えばこう言う」と浮草。こちらについてはほとほと呆れさせられてばかりである。
「俺は最初から服着ろとしか言ってねえよ」
 最後にそう言ってから、田上は先程から摘み上げたままだった唐揚げを口へ運んだ。
 ……出来立てということもあってのサクサクとした衣と、肉汁をたっぷり含んだジューシーな肉の食感。そしてそれに乗せて訪れたやや濃い目の味付けが、稽古で疲れた身体に染み渡る。
「お味はどうですか? さっきから文句ばっかりの田上さん」
「ああ、美味いよ」
 ――くそう、すげえ悔しい。
 頭の中には苦いものを滲ませつつ、しかし口の中は旨味でいっぱいな田上は、そこだけは素直に認めざるを得ない。それがまた余計に悔しさを助長してもしまうのだが、掻き立てられる食欲には抗えないのだった。
「やったぜよっしー!」
 一方浮草は、その田上の素直な感想に、しかし田上ではなくよっしー、こと今神へと喜びをぶつけに掛かる。
「複数の意味でな」
 料理の出来が良いこと。その出来を以って田上をやり込めたこと。今神の言葉にはそれらの意味が含まれていたのだろう――が、しかし浮草にそのつもりがあるかどうかはまた別の話である。
 ――いや、こいつの性格を考えたら……。
 浮草、そしてその隣の今神へと改めて目を遣りつつ、田上は考える。自分に対してどうのこうの、なんてことに浮草が頓着する筈はなく、なので今の「やったぜ」は前者、つまり料理の出来が良いことに対して出た言葉だったのだろう、と。
 普通に考えれば田上に対してのものも含まれていてもおかしくはない、というか、ここまでの流れを顧みれば、その可能性の方こそ高いとみるべきですらあるのだろう。
 では何故田上は、浮草がそんなことに頓着する筈がないと断言できてしまうのか。
 それは、田上が美味いと誉めてみせたその料理が、今神も食べるものだからである。
 今神が関わることであれば、浮草が考慮するのは常に今神のことだけなのだ。
 なんせ、彼女はかつて――。
「ほれ再人、あーん。美味しいと評判の唐揚げだよ」
 良いものとはとても言えない思い出を浮かび上がらせそうになってしまった田上は、目の前で愛坂が繰り広げ始めた微笑ましい光景に、これ幸いと意識をそちらへ集中させることにした。
 再人、というのは魂蔵の名前なのだが、その魂蔵は三十代後半である。そんな彼が愛坂から唐揚げを食べさせてもらう――他に誰もいない場でならともかく、人前で披露するにはそれは、照れるなりいっそ嫌がるなりしてもよさそうな行動ではあるのだろうが、しかし彼はそんな素振りを見せず、どころかそれ以外のどんな素振りも見せることなく、ただただ当たり前のように、愛坂が差し出した唐揚げに向けて口を開いてみせるのだった。
 そして、その唐揚げを口に含む。
「……うん、美味しい。いつもありがとうございます、浮草さん」
「やったぜよっしーセカンドシーズン!」
「冬から冬だとシーズンどころか一年経ってるが」
 ――よく即座にそんな返し思い付くなお前。
 という田上の感想はともかく、ここでも浮草は、礼を述べた魂蔵ではなく今神へとその屈託ない笑顔を向けている。しかし今更、そのことに疑問を持つ者は誰もいないのだった。


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