「というわけでこっちは大成功だったわけですがァ!?」
 喜びの勢いそのままに大きな声を張り上げる浮草。そういったテンションは彼女と付き合っていればしばしば遭遇するものであり、なのでそれ自体にいちいち驚いたりする者は誰もいなかったのだが、
「飯食ってる時くらい静かに……え、俺?」
 驚きはせずとも注意くらいはしようとした田上は、しかしそのテンションがどうやら自分へ向けられているらしいということに、結局は驚くこととなる。とはいえその驚きというのは、目を見開く、というよりは眉を顰める類のものなのだが。
「そう田上さん! 本日は大失敗お疲れ様でしたぁ!」
「何か知らんけど、取り敢えず声小さくしてくれな」
 ――何だ失敗って? 俺、何かやらかしたっけか。
 昼食を食べ始めたばかり、ということでまた本日はその半分ほどしか経過していないのだが、浮草のその話に田上は本日これまでを振り返る。
 が、しかし大失敗と言われるようなことは何も思い付かない。というか、普段と違うようなことは何もない筈だった。いつも通りに起床していつも通りに朝食を取り、いつも通りに愛坂に稽古をつけてもらい、そして今こうしていつも通りに昼食の席に着いている。果たして、浮草は一体何の話を始めたのだろうか?
「……まさかとは思うけど、今更お前の裸見たからどうとか言わねえよな。その大失敗っての」
 いつも通りとは言わない、というか言いたくはない田上であったが、トラブル染みたことといえばそれくらいしかない。が、しかしやはりというか何と言うか、浮草は手をぱたぱた振りながら「だから裸じゃないですってあれは」などと。
 そして、
「仮に裸だったとしても、それくらい見られたってどうってことないですし」
 とも。
 更に、
「まあ、よっしー以外の男に見られたら目をほじくるぐらいはしなきゃならなくなりますけど……」
 とまで。
「どうってことあるじゃねえか思いっきり」
「そういうものらしいですからね、どうも」
 矛盾したことを言っておきながら、その張本人である浮草が首を傾げてみせてくる。矛盾に矛盾を重ねるような光景ではあるのだが、しかし浮草が「そう」なる事情は把握していたので、田上はそれ以上言及しなかった。大失敗というのが裸、もといエプロン一丁の件を指したものではないことさえ判明したなら、むしろ自分から触りに行きたい話ではない。
「遊」
 すると今度は、田上に代わって今神が。
「ん? なあに?」
「目潰しはやり過ぎだ。急いでその場を離れるくらいでいい。あと、そもそも脱ぐな」
「ふふ、はーい」
 やんわりとしたものながら、それは一応注意されたということになるのだが、しかし浮草は幸せそうな笑みを浮かべてみせる。
 小さく溜息を吐いたのち、今神は改めて問い質した。
「で、田上さんの失敗っていうのは」
「ああそうそうそれそれその話。ナイスよっしー」
 まるで忘れていたかのような反応をしてみせてから、浮草は田上を向き直る。
「だって田上さん、また愛坂さんに負けちゃったんでしょ?」
 ――…………ん? それ?
「いや、いつも通りのことじゃねえか。お前も今『また』って言っちゃってるし」
 特に用事がない限りはほぼ毎日行っている愛坂との稽古の、行ってきた限りでは例外なく全てに当てはまるその結果。あまりにもいつも通りのことに過ぎて最早それは嫌味にすらならず、なので頭に浮かぶのはただただ疑問符ばかりの田上なのであった。
 が、浮草にも言い分はあるようで、
「えー、だってだって、そろそろ勝ててもよさそう、みたいな雰囲気なんでしょ? だったらもう『いつも通りに負けちゃった』とか言ってる場合じゃなくないですか?」
「ん? んー……ん? うーん、そう……なのか?」
 浮草については何を言われても否定から入るのに慣れ切っていた田上は、それもあってか即座に思考を纏めることができなかった。加えて、その「そろそろ勝ててもよさそう」というのも、愛坂がそう言っていただけで田上にその実感があるわけではなく、なのでそもそもの判断材料からして不足気味であった。
「えーっと、どうなんですかね真意さん。ああ言ってますけど」
 故に田上は、愛坂に助け舟を求めることにした。
 ら、
「面白いと思うよ?」
 そう返してくる愛坂なのだった。
 ――面白がられても……。


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