「特に大失敗って言い方がね。遊ちゃんとしては、自分の『大成功』に合わせた言い方したってだけだったんだろうけど」
 面と向かっていて話し掛けておいて気付いていないということはないだろう。というわけで、眉を顰める田上に向かってむしろ楽しげにそんな話をしてくる愛坂だった。
 それに加えて「大失敗」などという耳障りの宜しくない言葉を引き合いに出されれば、田上としては増々不安にさせられるところではある。しかし、だからこそその先が気になりもする、というようなことにもなるのだが、
「……あー、でも、後にしよっかこの話。せっかくの美味しいご飯が冷めちゃいそう」
 と、苦笑と共に話を打ち切ってくるのだった。
「そういう話は真意さん自身が熱くなっちゃいますしね」
 隣の魂蔵にそう言われ、なおかつ笑われまですると、今度は照れくさそうな笑みを浮かべる愛坂。気になる話はどうやら後回しにされてしまうらしかったが、しかしそれを見て「まあいいか」などと思わされてしまう田上だった。それに自分の話で熱くなってくれるというのも、そりゃまあ、悪い気がする話ではない。
 ので、田上は田上で気になっていた話を持ち出すことにした。
「んじゃあ詠吉の方はどうだったんだよ? 今日も本読んでたんだろ?」
「今日もっていうかいつもっていうか、いっそ常にってくらいだけどねー。よっしーは」
 そりゃそうだけどそういう話じゃねえよ、と、割り込んできた浮草に頭の中で言い返す田上だったが、しかしこれまでとは違い、それを口に出しまではしなかった。何故ならば、この浮草の割り込みは、それほど邪魔になるわけではないからだ。
「…………ええと」
 その浮草の割り込みから更に数テンポ遅れて漸く、今神は口を開き始めた。
 食事の席に着く直前、浮草について田上と話していた時とは打って変わって、話し辛そうにしている今神。
 彼は、自分の話をするのが苦手だった。
 とはいえそれは、他者が話し掛けるのを躊躇うほど顕著なものでもないのだが。
「もしかしたらこういうのにも何かあるかも、と思って、今回はラノベ……ラブコメに手を出してみたんですけど……」
「ラブコメ……? ああ、ラブコメねラブコメ。ラブコメディとかそういう。んー、まあ、そういうのじゃあ何もねえよなそりゃ。いや俺本なんか読まねえから知らねえけど」
 ――ラノベって何だ?
「……すいません」
「いやいや、別に責めたりはしねえよ。お前『は』真面目だし」
「あー、暗にあたしが真面目じゃないって言ってるっぽいー」
「暗にじゃねえしぽいでもねえよ」
 浮草が食い掛かってきたが、しかしそれは言い掛かりでも何でもなかったので、適当にあしらっておく。
「ちぇー、あたしだっていっつも真面目によっしーのこと考えてるのになあ」
 それの何がどうなったらエプロン一丁で昼飯作ることになるんだよ、とは、今しているのが今神の話だということもあり、やはり口には出さないでおく田上であった。ここでヒートアップなんてしようものなら、それこそ今神は何も言えなくなってしまうだろう。それでも、浮草への注意は怠らないのだろうが。
 ……で、その「今神の話」であるが、これは単に読書という今神の趣味の話をしているわけではない。愛坂が話題を打ち切ったこともあり、やや無理矢理な繋げ方ではあったものの、これは田上の稽古についてを大元としている話題である――つまり読書は、今神にとって自己の鍛錬にも繋がるものなのだ。
 とはえいたった今、それについては「何もなかった」という結果が確定してしまったのだが。
「まあでも、おかげで分かったこともありました」
「分かったこと? ラブコメで?」
「はい。やっぱり物語と現実じゃあ違うなあ、と」
「……というのは?」
「男女間で何かしら色っぽい感じのハプニングがあったとしても、ああいう話の主人公みたいに毎度毎度新鮮なリアクションなんか取ってられないってことです。……俺、朝起きた時にこいつが隣で裸で寝てても『寒そう』としか思わなくなりましたし。黙って布団掛けてやりますし」
「あー」
 ――すごくよくわかる。俺なら叩き起こすけど。
「あっはっは、実際付き合ってる彼氏にそれ言わせるって凄いね遊ちゃん」
「いやいや、だから初めから言ってるじゃないですかあたし。裸なんか見られたってどうってことないって」
 ――詠吉のほうはそうやって笑い話とアホ理論で済ませられるとしても、だよ。
 ――俺の方は笑い事じゃねえんだよこの野郎。こちとら女性経験皆無だぞこの野郎。


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