第二章
「千里の道も一歩から! で、千里先には何があるのかな?」



「再人はどう? ラブラブカップル二人は部屋に戻っちゃったけど」
「そうですねえ」
 悔しいことに、という感想を持ったのは田上だけなのだが、美味しいと言わざるを得なかった昼食を終えたところ、ならば次に待っているのは、その昼食の際に上がった「田上の大失敗」の話である。
 が、その話が再浮上するより前に、今神と浮草は二人の部屋――それぞれの、ではなく二人の共同部屋である――に、戻ってしまっていた。
 浮草が戻ったのはこの話に全く興味がないからで、今神が戻ったのは、そんな浮草をこの場に残さないためなのだろう。と、田上はそう推察していた。
 といったところで、では魂蔵はどうするのかというと、
「初めはご一緒させてもらうつもりでしたけど、こうなったら私も部屋に戻らせてもらいましょうかね。せっかくなら先生と教え子の二人でごゆっくり、ということで」
「しっしっし、じゃああたしの次に控えてるラスボスをぶっ倒す算段でも立てとこうかね」
「はは、楽しみにしておきます」
 ということで、ここに残るのは話し手である愛坂と聞き手である田上の二人だけ、ということで決定したようだった。
 ただし、魂蔵が部屋へ戻るということは――。
「んじゃあちょっと待っててね田上くん。このラスボスを部屋まで送ってくるから」
 そう言って席を立った愛坂も、一旦はこの場を離れることになる。
「行ってらっしゃい」
 そうして二人を見送った田上は、ならば居間に一人、ぽつんと残されることになる。広いと言えるほど広い居間ではないのだが、しかし今の今までこの場に五人も集まっていたこととの落差から、随分と寂しい空間になってしまったように感じられないでもなかった。
 ので、せめて大の字になって仰向けになる田上。もちろんそうしたところで何がどうなるというわけでもなく、そしてそもそも空間、つまりは立体的な見方をした場合、腕を広げようが横になろうが、田上一人が占有する面積に変わりはないのだが。
 ――…………。
 大失敗。最初にその言葉を口にしたのは浮草であったが、しかし今問題となっているのは、それに続こうとした愛坂の話である。
 浮草の言い分は、そろそろ愛坂に勝てそうだというなら「いつも通りに負けた」などと言っている場合ではないだろう、というもの。
 一方の愛坂の話は、長くなりそうだから食事が終わってからにしようとまで言っていた以上、ならばそれとはまた別、またはより細かい内容を含むものなのだろう。あの流れからいきなり別の話になるとも考え難い――なんせ愛坂自身をも当事者とする話題である――ので、後者の方が確率は高いと見てよさそうでもある。
 ――なのになんでさっさと部屋に戻ってんだあいつは。
 自分が持ち出した話題を、愛坂が広げようとした。そんな状況であっさり部屋に戻った浮草には、呆れを惜しまない田上であった。
 が、この場に残られたなら残られたで、愛坂の話の腰を折りに折ってくる様はありありと想像できたので、ならばこうなるのが一番良かったのかもな、とも。それは、今神が一緒に部屋に戻ってくれたことも含め、である。
 ――ホント、よくあいつの面倒見てられるよな詠吉は。

 部屋に戻るなり座布団の上にあぐらをかいた俺は、読み掛けのラブコメを開く。そして遊が、俺の背中側から抱き着いてくる。
 俺は本を読み、遊はその俺の後ろから抱き着いている。
 それが俺達の、この部屋で最も長い時間を占めている格好だった。多分、睡眠時間より長いと思う。
「そういえば」
 いつもならここから二人揃って何時間も黙ったままになるんだけど……いや、厳密に言えば俺は「黙って」はいない場合もあるんだけど、それはともかく。今回は珍しく、本を開いておきながら、俺はまず別の話を切り出した。
「ん? どしたの?」
 なんせ珍しいことだったので、不思議そうな声を上げた遊は、俺の顔を覗き込もうと肩越しに上半身をせり出させまでしてくる。抱き着いたままそんなことをすれば当然、元々からして押し付けられている胸が――なんてことは、しかし残念なことに、とうの昔に全く気にならなくなってしまったんだけど。
 というようなことが多少は関わっている話を、これからしようと思う。
 少し動けば鼻の頭同士がぶつかりそうな至近距離で、俺は遊と向き合った。
「いや、あの話、ちゃんと伝わってたのかなって」
「あの話? どの話?」
「ほら、お前が裸で寝てても何とも思わなくなったっていう」
「あああれね。本当にね、なんでみんな裸だどうだなんてことあんなに気にするんだろうね? 肌なんて別に服着てても見えてるところは見えてるじゃんね、顔とか手とか」
「そういうことじゃなくてな?」
 ……一応言わせてもらっておくと、遊と付き合っていく中でこいつの言動にすっかり慣れてしまったとはいえ、俺の貞操観念はごくごく一般的な範疇に収まるそれだと自負はしている。
 裸は駄目だよ女の子が。いや、意味合いが変わってくるってだけで誰でも駄目だけど。
「違うの? んー、まあそうだよね、よっしーもよくそれで叱ってくるし」
 というようなことを、笑顔で言って退ける遊だった。ともすればそれは、反省していない、というふうにも取れてしまうのかもしれないけど……でもまあ、そこはいい。俺がそうでないことを知っていれば、それで。


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