「で、じゃあ、どういう話?」
「俺とお前は恋人同士なわけだろ?」
 促されるままに話を続け、俺はまずそう切り出した。すると遊は、返事の代わりに薄く微笑んでみせる。それはたった今まで浮かべていた明るい笑みとは違う、落ち着きと熱っぽさを両立させたような笑みだった。
 微笑み返してから、俺は続けた。
「恋人同士だったら、その恋人が隣で裸で寝てる状況っていうのは……まあ、その、変でも何でもない場合があるだろ。いや場合というか、段階というか」
 ……ここで言葉に詰まるのが途轍もなく格好悪いということは、俺だって分かってますとも。何だよさも関係の深さを強調するように微笑み合ってみせた直後にさ。
 しかし遊はというと、そこには触れずに平然としてこう返してきた。
「あたしはそもそも裸でいることを変だなんて思わないけど、それってつまりあれのこと? セッ」
「待ってぇ!」
 格好の悪さを重ねることを厭わず、情けない声を上げながら遊の口を手で塞ぐ俺。すまん遊、今、お前の彼氏は超格好悪い。他の誰かに聞かれる状況でもないのにこの有り様だ。
「ふぁふぁっふぁ」
 分かった、と言ってくれたらしいことを耳と手で感じ取った俺は、遊の口から手を離す。
「ふふ、慌ててるよっしーは可愛いなあ」
「喜んで頂けたなら何よりで……」
 遊は、俺に関することを殆どの場合好意的に捉えてくれる。俺はそれを、遊のいいところだと思っている――殆どの場合、というところまで含めて。
「で、その恋人同士が裸になってやることがどうしたって話? それで恋人同士なら裸で寝てても変じゃないってことなら、初めから何の問題もなくない?」
 直接的な単語を避けてはくれたようだけど、避けたのは「単語」の部分だけで、「直接的」というところは変えてこない遊だった。が、まあ、文句を付けるほどではないだろう。
 気を取り直してから、格好悪い彼氏は話を続けた。
「それを変だと言ったってことは、逆に言って俺とお前はまだそういう段階まで進んでいない……ということが、ちゃんと伝わったかなって話だよ」
「おお、成程。さすがよっしー、いっつも読んでる本みたいに回りくどい!」
「…………」
 ぐうの音も出ないとはこのことか。まあ、こいつはそれを笑って受け入れてくれるからいいんだけど。
 ……いいんだけど、でもそれは、こいつが俺にとって都合の良い人間だという話でしかない。恋人だから容認してくれている、という話でもなく、それが生来的に備わっているこいつの性質だった。なんせ遊が俺に拘り始めたのは、俺がそういう人間だということを――人との会話が苦手で、そしてそれ以前に人と接することを好きになれない人間だということを、把握した後のことだったのだから。
 遊がこの六親に加入してすぐの頃、今と同じようにたまたま二人だけになった場面で俺は、暇な時間を潰すための場所すらまだ定まっていない遊を放っておいて、何時間も一言の会話もなくひたすら本を読み続けていた。
 それを気まずいと思っているのであれば、せめて自分の部屋に戻るなりすればよかったんだろう。しかし相手は知り合ったばかりの人間で、しかも女子(そのうえ結構可愛い)。ともなると俺は、席を立つために必要な一言すら口にできず、かといって黙ったまま席を立つようなこともできなかった。
 故に、ひたすらその場で本を読み続けるしかなかったのだ。
 そうしたら、その新入り女子に惚れられていたのだ。
 ただ黙って本を読んでいただけなのに、「付き合ってください」と言われてしまったのだ。もちろん、買い物か何かに付き合ってくれという意味だった、なんて馬鹿みたいな勘違いでもなく。
 これが物語、それこそ今読んでいるようなラブコメであれば、ただの「主人公に都合のいい話」で済まされるんだろう。でも現実に自分の身に降り掛かったなら、当然それでは済まされないわけで。
 もちろん最初は冗談か何かかと疑って掛かったものだった。けれど少ないながらも遣り取りをしてみたところ、どうもそうではないらしく、どうやらこの人は本気で俺と恋人同士になりたいらしい――と判断せざるを得ないところまできた時、けれども俺はそれを喜べはしなかった。「この人頭おかしいんじゃないだろうか」と、背筋に冷たいものを感じさえしながら、そんなふうに思ってしまったのだ。
 そう判断したのが「自分なんかを好きだと言ったから」などという自虐的にも程がある理由からだと考えると、俺だってあまり人のことは言えないのかもしれないけど……。
 とまあ、今俺の話はともかくとしておこう。
 しどろもどろになりながらもその場では取り敢えず「お断りに近い保留」のような返事をした俺は、しかしそれから数日後、そんなことがどうでもよくなってしまう事態に直面することになる。
 今のこの結果に繋がるのであれば、あの事件は俺達に必要だったのかもしれないけど……しかしそれでもやはり、あれを「良い思い出」とは、言えるわけがない。


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