本人達がこの場に居ない以上、実際のところがどうなのか分からないというのは当たり前と言えば当たり前の話ではある。
 し、田上としてはそもそも、あの鬼達はそんなふうには見えなかった――それを言ったら、まず「狂っている」なんてふうにはとても思えはしないのだが。
 ……何であれ、これ以上あの鬼達の話を続けることにあまり意味はないだろう。ということで、田上は別の質問を投げ掛ける。
「真意さん、二つほど訊きたいことが」
「おっ、いいねいいね欲張りだねえ」
 ――…………。
 気にしないことにする。良くも悪くも。
「今の話ですけど、なんで真意さんそんなこと知ってたんですか?」
 そう尋ねた途端、上機嫌そうだった愛坂の顔が少し曇る。元々表情の変遷が薄い彼女の、その中でも少々の曇り様ということで、それに気付ける者はかなり限られたのだろう。
 もちろん田上は気付いたし、そしてそれに気付いたことで愛坂の返答もある程度想像が付いたのだが。
「そりゃまあ」
 と愛坂は言う。
「『本物さん』の研究記録だよね。それくらいしかないって、あたしみたいなテキトーな人間がお勉強する機会なんて」
「……ですよね」
「うわひでえ」
「ああいえいえ、研究記録の方ですよそりゃあ」
 取り繕う田上だったが、それは何も誤魔化しというわけではない。そもそも田上は、愛坂のことを適当な人間だと思っていなかった。適当そうに見せ掛けている、とは思っていたが――そして、その見せ掛けの裏に何を隠しているのかは、今一つ掴めないでもいたのだが。
 ――やっぱりその「本物さん」、というか本物の愛坂真意に関連することなんだろうか?
 ということを問い質す気があるのなら、これまでにとっくにしているという話ではあるのだが。
「それで真意さん、もう一つの質問なんですけど」
「どんとこい!」
「いやそんな気合い入れられるような話じゃあ……ええとですね、この話を俺にはしたくなかったっていうのは、結局どういう?」
「ああ……」
 言い淀む愛坂。またしても、といったところなのだが、とはいえそのまま返事なしということはないだろう。
 が、田上は愛坂の返事を待たずに質問を重ねた。
「今の話を聞いたら、俺もそうなりそうだからってことですか?」
 二つ目の質問は、初めからこれを訊きたいがためのものであった。
 特に理由もなく強くなりたいと思っている田上は、周囲の人間――この場合は愛坂に限定してもいいのかもしれない――から、そのことを知られていることを知っている。
 基本的には好意的に捉えられているようだが、しかしとはいえ、受け取りようによっては危うく聞こえるものではあるんだろう、とも。
 ――人助けの為とか、真っ当な理由があればまだしもなあ。
「いや、それは在り得ないなあ」
 しかし愛坂、田上の想定に反してこれを否定。しかも、意味ありげに薄笑いを浮かべている。
「在り得ない、ですか」
 安心したような、不満なような。決して混ざり合いそうにない二つの感情を抱いた田上は、そこから生じたもやを隠すことなくその表情に浮かべてみせた。
「にしし、いい顔だね」
 すると愛坂、薄笑いを越えてしっかりはっきりと笑ってみせた。とはいえ、気だるげな目のままなのはいつも通りなので、結局それは薄笑いや半笑いと呼ばれるものなのかもしれないが。
「だって田上くん、考えてごらんよ。さっきの話で強くなった人っていうのは、『自分は強い』と思い込んでるんだよ? それって田上くんとは真逆じゃん」
「真逆……」
「『強くなりたい』」
「……あ、そっか」
 強くなりたいと思っている、というのは、言い換えれば「自分はまだ強くなれる」、更に言えば「自分はまだ強くはない」と思っているということでもある。であれば愛坂の言う通り、今回の話は田上にまるで縁のないものだった、ということにも。
 ――いや、別に縁があって欲しかったってわけじゃないけどさ。
 そして、それはともかく。
「それは分かりましたけど、じゃあ俺にこの話をしたくなかったっていうのは?」
「強さってもんに関して後ろ向きな話はしたくなかったからね。田上くんにだけは」
「…………」
 まるで初めからその返答を用意していたかのように、一切の間を置かずにそう返してくる愛坂だった。
「さて、こんなもんかな」
 田上が何も言えないでいると、愛坂は唐突に……でもないのかもしれないが、ここで話を打ち切りに掛かってきた。そして田上は、それにすらも何も言えないでいた。
「今日は天気も良いみたいだし、誰か呼んで散歩でもしてきたらどうだい」
「誰かって、声掛けられそうなの詠吉しかいないじゃないですか」
 今の言い方からして愛坂さんは候補に入ってなさそうだし、とは言わない。
「あはは、そしたら自動的に遊ちゃんもご一緒だねえ」
 愛坂は笑っていた。


<<前 

次>>