「でもそれにしたって、自分が強いと思い込む、なんてのが簡単に起こるってわけじゃないと思いますけど」
 ここで言い返すとなんかムキになってるみたいだなあ、と思わないではなかったが、とはいえそれは訊かなくてはならないことでもある。
 姿にせよ力にせよ、幽霊は当人の自己認識をその在り方に反映してしまう。
 というのであれば、それを理由に力が増す――つまりは強くなる場合、そこで起こっているのは「忘れる」よりはこちらだろうということで、「思い込む」という単語を持ち出した田上だったのだが、
「まあ、それは分かり易い例でしかないんだけどね」
 と愛坂。どうやら間違いではなかったようだが、しかしだからといってそれだけで済んでしまう話でもないらしい。
「でも、じゃあそれ以外って言うと?」
 首を傾げてみせる田上。「自分は強い」という結果に結び付く思い込みを、彼はそれそのもの以外に思い付くことができなかった。
「あはは、やっぱそう来るか」
「へ?」
 ここで何やら笑ってみせる愛坂。何を笑ったのかといえば、それは話の流れからして田上の反応なのだろうが……しかし、その笑われた本人からすれば何が何やらである。
 愛坂は言った。
「あんまり理解しようとしない方がいいよ。これだってさっきの姿の話と同じで、ヘンな人がヘンになったってことではあるんだから」
「はあ」
 その理屈はすぐに理解できた。が、その割には返事に気が籠らない。
 というのも、
「鬼さん達、そんなふうには見えませんでしたけど」
 普段からコスプレをしている、という点さえ除けば、田上から見たあの鬼達は普通の人間であった。それどころか、あの仮面の女との戦闘を終わらせてくれたことを考えれば恩人とすら――いや別に、あのまま戦い続けたとしても、負けるつもりは全くなかったのだが。
 それはともかく、まさかここで言う「ヘン」がコスプレを指しているわけはあるまい――。
「いい人達だった?」
 愛坂は尋ねてきた。
「はあ、まあ」
 田上はそう答えた。
「いい方向に狂うってこともあるもんだよ」
「…………」
 強引に道を塞ぐような言葉だった。何も言い返せなくなってはしまうが、だからといって納得はしかねる、というような。
 しかし愛坂も、返事がないのでこの話はここまで、ということにはしない。最初この話をするのを渋っていた割には――ということにもなるのだが、しかし田上としては、その方が有り難くはある。
 とはいえ前述の通りに田上は何も言えないでいるので、話し手は引き続き愛坂である。
「鬼さんだったらそうだなあ、『犯罪者は全員ぶちのめす』とかかな? そこで想定した犯罪者っていうのが強い奴であればあるほど、それをぶちのめせる筈のその人は、それだけ強くなっちゃうよね」
 それが果たして「いい方向」なのかは、さておくとして。
 思い込みで強くなる、とだけ言えばまだ分かるにしても、その思い込みの内容を具体的にしただけでこうも妙な話になるものかと、田上は顔をしかめてみせる。
 ――なんだよ、ぶちのめせる筈って。
 しかしそう思いこそすれ、それを口にはしない。そんなただの感想などより、優先すべき話は他にあった。
「……でも、鬼って元々そういう仕事ですよね?」
 修羅と同等、いやそれ以上の力で以って犯罪者を鎮圧し、地獄に送る。初めからそれを職務としているのなら狂うも何もないのではないかと、そう思った田上だったのだが、
「いや、違うよ」
 と、前提の部分から否定されてしまうのだった。
「犯罪者を特定して見つけ出して、捕まえる。武力を持ち出すのは飽くまで必要に迫られた時だけなんだよ、田上くん。普通の警察だってそうでしょ?」
 ――ああ、そりゃそうか。
 とあっさり納得させられた田上は、
 ――ということは。
 とも。
「鬼さん達からすりゃあ、俺らみたいなのってただただ厄介なだけなんですかね」
「あはは、だろうね。さっさと悪さしてくれりゃあとっ捕まえてやれるのに、くらいは思われてるかも」
「……凹むなあ」
 もちろん、実際にそう思われていると決まったわけではない。ないのだが、可能性の示唆だけでも気を滅入らされてしまうくらいには、田上はあの鬼達を悪からず思っていたのだった。
「まあまあ田上くん、あの人達が本当にそう思ってるって決まったわけじゃないし」
「それはまあ、そうなんですけど」
「『犯罪者は全員ぶちのめす』ってとこからね」
「あ、そこからですか」


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