「知ってるよ。隠してたってわけじゃないんだけどね」
「いえいえ、そんなふうには」
「聞きたい?」
「……そりゃあ、できれば」
 隠していた、なんて思ったわけではなく、ならば愛坂を責めるつもりももちろんない。が、だからこの話から大人しく手を引くかと言われれば、そういうわけでもない。彼の「強さ」に対する拘りには理由というものがなく、ならば及び腰になる理由もまた、ありはしなかった。
 そんな田上に、愛坂はふう、と溜息を吐いた。普段から気だるげな表情をしている彼女ではあるが、それを行動に表すのは珍しいことである。
「じゃあ、まずは基本のおさらいから行こうか。修羅が――ああ、この場合は鬼が、にしておこうか。鬼が強いのはなんでだったかな?」
 鬼と修羅は、立場に応じて呼び方が違うだけでその実態は同じものである。という点についての話であれば、田上もそれは把握していた。なんせ「おさらい」である。
「火事場の馬鹿力ってやつですよね。あれを普段から使えるようにしてるっていう」
「そう。のーみそのリミッターを取っ払っちゃってるのね。それで身体痛めたってすぐ治っちゃうからね、幽霊は」
 ――人間は普段、数割程度の力しか出せてないとか何とか……だから、人間離れしてるっていうよりはむしろ、俺らの「これ」のほうが人間本来の力なんだよな。
 軽く握った自分の拳を見下ろしながら、そんなことを考えてみる田上。そして、
「じゃあ、鬼さん達がそれ以上に強いっていうのは?」
「まあ、人間やめちゃってるよね。ある意味」
 まるで田上の頭の中を読んだかのような言い方をしてみせる愛坂だったが、まさかそんな筈もなく。であれば、愛坂は冗談や軽口の類でなく、本当にそう思っているということなのだろう。
 ――なんか物騒な言い方だなあ。真意さんっぽくないっていうか……。
「人間やめちゃってるって、どうやったらそんなことに? 修羅になった時と同じようなこともっかいするんですか?」
「いんや。敢えて良い言い方するなら、本人の資質かな」
 敢えて良い言い方をしなければならないということは、少なくともその「資質」というのは良いものではないのだろう。
 ――まあ、大元からして「人間やめちゃってる」だしな。
「『形忘れ』の話は憶えてるかな、田上くん」
「あ、なんでしたっけそれ。ヘンになった人がヘンな姿になっちまう、みたいな話でしたっけ」
「あはは、ざっくりしてるねえ。うん、で、鬼さん達が強いのは大体それと同じ理屈だよ」
 やっといつもの薄い笑みを浮かべた愛坂は、次いで「姿を変えまくってるあたしがこの話するのも変な感じだけどね」とも。しかし、田上がそれについて触れることはない。
 それよりも元の話の方が気になるから、というのももちろんあるのだが、しかしそれ以前に、その「姿を変える」愛坂の鬼道について、田上はあれこれ考えるのを避けるようにしていたのだ。
 もちろん、そうして意識的に避けるということはつまり、本来なら色々と考えてしまうことの裏返しではあるのだが。
 他人の姿を真似ることができる、愛坂。
 他人の姿を真似ていない時の姿――つまりは愛坂本来の姿、そして本来の名をすら、田上は未だ知らないでいる。
「同じ理屈、ですか?」
 田上は思考を切り替えた。
「そう。幽霊は、自分の姿を忘れちゃったらその『自分の姿』を維持できなくなっちゃう。じゃあ、人間の分を越えて強い人達っていうのは、何を忘れちゃったんだと思う?」
 少し考えれば、いや考えるまでもなく答えが出ているような、それはごく単純な問いである。
 が、
「人間の強さ、ってことになるんでしょうけど、在り得るんですか? そんなこと」
「うん」
 田上としてはこれ以上ないくらい大きなクエスチョンマークを頭上に浮かべたつもりだったのだが、愛坂の返事は実にあっけない。どころか、楽しそうにすらしている。
「田上くんには理解し難いだろうけど、でも考えてごらんよ」
「何ですか?」
「自分の姿を忘れる、なんてのよりはまだ軽い方でしょうが」
「……言われてみれば」
 強さに関心があり過ぎるというか、それ以外に関心がなさ過ぎるというか。しかしそれにしたって馬鹿過ぎるだろうと、またも自省することになる田上なのだった。


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