「そういえば真意さん、話変わるんですけど」
「お? 田上くんが強さ談義を自分から放棄するなんて珍しい」
「……いや、強さにかかわる話ではあるんですけどね」
「さすがだぜ」
 嬉しそうな愛坂だった。
 いくらなんでも強さ関連以外の話題を持ち出しただけで珍しいなどと言われてしまうのは心外だったが、しかし実際に変えた先の話題が同じく強さにかかわるものであった以上、言い返すこともできない田上である。
 苦々しいやらむず痒いやらの複雑な感情を押し留め、田上は話を続けた。
「ちょっと前に会ったじゃないですか、鬼さん達。板梨追っかけてる時に」
「会ったねえ。いやあ、面白い人達だった」
 と、素直に鬼の話に食いつく愛坂。板梨のことはどう思っているんだろうか、と思わないではない田上ではあったが、しかしそちらは積極的に振りたい話題ではない。今しているのが何の話であるかは、一応、関係ないとしておいて。
 で、ならば鬼の話なのだが――。
 ――面白い、で済ませてしまっていいもんなんですかね? あれって。
 という感想を持つ田上だったが、しかし口にはしないでおいた。たとえ普段から医者とナース、あと神主のコスプレをしている変わり者であっても、鬼である以上は世間の平和を守る正義の味方の筈なのだから――というふうに思えるのは、実際に話をして悪人ではないことが分かっているからなのかもしれないが。
「なんであんなに強いんですかね? あの人ら」
「なるほど、そう来たか」
 ついさっきもそうだったよう、いつものように愛坂は嬉しそうな顔をしてみせる……と予想する田上だったのだが、しかし何やら、今度の愛坂は返事にどこか躊躇いがちなものを含ませているのだった。それだけのことと言えばそれまでなのだが、何とも珍しい話である。
 とはいえ、話を続けるほかないのだが。
「神主衣装のゴリラみたいな人はともかく、他の人達は普段から鍛えてるって感じには見えませんでしたけど。特にあのお医者さん」
 だというのに、今ここで「強い」としているのはその強そうに見えない医者の格好をしていた男である。なんせ、実際に戦闘をしているところを目の当たりにしたのはその男ただ一人だけなのだ。
 実は強いのは彼だけだった、なんてふうにはとても思えず、なので「あの人ら」という括りにはしたのだが。
「まあねえ。田上くんと違って」
「いや、俺も別にそんなふうには見えないでしょうけど」
 ――鍛えるって言っても幽霊である以上は筋肉が付くわけじゃないし、それに何よりチビだし……。
 と、ついつい自虐に走ってしまう田上だったが、それはともかく。
 愛坂の言うように「自分との比較」という形にしてしまうと、それはどうしても嫉妬しているように聞こえてしまう。自分は普段から努力しているのに、何もしてなさそうな鬼達がどうしてああも強いのか、という。
 しかし、そういう感情は田上のうちにはなかった。ただただ、疑問に思っただけである。
 尤も、愛坂の言葉があって初めてそのことに思い至った田上本人としては、「単純過ぎだろ俺」とここでも自虐思考に走ってしまうのだが。
 そしてそんなことを知ってか知らずか、思い至らせた愛坂は口元だけを微笑ませたいつもの表情を浮かべてみせる。
「あんなほんのちょっと見ただけで実力を測れちゃうなんて、やっぱり成長したねえ田上くん」
「ほんのちょっと……まあ、確かにそうでしたけど」
 板梨とは無関係だというのに何故か戦うことになったあの仮面女、荒田頼子を、初見であったはずの目くらましに怯むことなく捕まえてみせた。確かにそれはごく短時間の活躍であったし、それを成した当人もニヤついた顔でたまたまだと言ってはいたのだが、それらを加味しても尚、「ほんのちょっと」で済ませる気にはなれなかった。
「修羅相手に仕事ができるってだけでも、強いことの証明にはなると思いますし」
「ま、そうだろうね。仕事として成立してるってことは、あたしらみたいなのに勝ち続けてるってことだろうし」
 せめてそこは俺達じゃなくてあの仮面女を例に挙げて欲しかったなあ、と思わないではない田上であったが、しかし愛坂は敢えてそう言ったのかもしれないな、とも。
 修羅であるという点だけを見れば、荒田と田上は同類なのだ。飽くまでも、修羅であるという点だけを見れば、だが。
 ――ちょっと対応を間違ってたら、俺らがあの鬼さん達とやり合うことになってたんだろうか……。
「うーん、田上くんにはあんまりしたくないなあ。この話」
 ついつい浮かんだ嫌な想像に背筋を冷たくさせていたところ、愛坂が唸り始めた。
「この話って、何の話ですか?」
「何の話って、そりゃあ鬼さん達がなんで強いかって話だけど」
 今更何を言っているのか、と言わんばかりの愛坂。話の流れを追う限り、確かにその話以外にないといえばないのだが、
「え、じゃあ愛坂さん、なんであの人達が強いか知ってるんですか? というか、明確にこれっていうような理由があるもんなんですか?」
 その話を持ち出した側である田上は、だというのに驚かされてしまう。というのも、元々愛坂が何か知っているとは全く思っていなかったのだ。そもそも今言った通り、そこに明確な理由があるということすら。


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