「話は変わるけど」
「おお、まだ話題があるなんて。雪でも振るかな今日は」
「振ってる日の方が多い時期にそう言われてもな……」
 と、窓の外を確認しながら。そうか、今日は降ってないのか。
 遊の言う通り、かどうかはともかく、遊が言わんとしたことの通り、読書の体勢に入った俺が話題をふるなんてこと――しかも複数回だ――は、滅多にないことだった。というか、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
 が、ここまでに話してきたことはともかく、今から話す内容は前々から訊こうとしていたことではあった。どう切り出そうか、なんて考えているうちに、ここまで先延ばしになってしまったけど。
 彼女に対してすらこれだ――と、それはともかく、ここまできたらもうストレートに訊いてしまおうと思う。
「それで結局、あの裸エプロンは何だったんだ?」
 遊に言わせればあれは裸ではないらしいんだけど、遊に言わせてしまうと大体のことがおかしな方向に転んでしまうので、そこは気にしないでおく。
 そもそも、裸だと認識していたとしても結果は同じなのだ。普段から服を脱いだ後、着るのを面倒臭がって裸のまま歩き回ることがあるのだ。どうしろと。
「あれ? ご飯の時の話で伝わってなかった?」
 まだ質問をしただけだというのに頭を抱えたくなっていたところ、遊は遊で首を傾げてみせるのだった。ほらやっぱりおかしな方向に転び始めたぞ。
「それらしい話は何もしてなかったと思うけど?」
 田上さんに叱られて、裸じゃないと言い張って、それっきりだった筈だ。まさかここでも「あれは裸じゃないから裸エプロンでもない」で通すつもりなのか? だとしたら、さすがにもう少し言ってやった方がいいだろうか……。
 と、あまり気乗りしない対応を頭に浮かべ始めたところ、そんな俺とは対照的に遊は「ふっふーん」と、何やら得意げに胸を張ってみせてきた。それまで俺に抱き着いていたのを止めてまで、だ。
 ちなみに今は服を着てるから大丈夫だ。というのは、余計は情報としておいて。
「今日のお昼ご飯、一人で作ったにしちゃあ頑張ってたと思わない?」
「ん? ああ、そうだな」
 それは確かにそうだった。あの人数分、というのはいつものことにしても、手の掛かる料理ばかりだった。田上さんすら感心せざるを得なかったその部分については、だったら素直に認めるしかないんだけど、問題は「それと裸エプロンに何の関係があるのか」という点だ。
 が、その前に、
「言ってくれれば俺も手伝ったのに」
 と一言挟んでおく。それこそ今挙げている問題に何の関係もないものをどうしてわざわざ、というのは、単に手伝いたかったというだけのことだったんだけど。それも親切心ではなく、楽しそうだという理由から。
 で、それに対して遊の返事はというと、
「それもちょっと考えたけど、どうせなら一人で頑張りたかったからね」
 とのことだった。
「なんでまた?」
「だから言ったじゃん、田上さんのお祝いだか残念賞だかだって」
「ああ……」
 そういえば、そんなふうに言っていたっけか。ただ、それでもまた服を脱いだ理由にはなっていないような気がするんだけど――。
「気合を入れるために、服を脱ぎました」
「…………」
 そうか。
「分かるか!」
 いつも「着るのが面倒になったから」なんて理由で裸になるくせに、なんでそこで裸であることに前向きな理由が発生するんだよ! そんなの俺今初めて知ったよ! じゃあもしかして今まで裸になってたのもそういう理由だったことが何度か、って俺と二人でいる時の「前向きな脱衣」って何だよ――いやいや何でもない何でもないよ!
 と、今回ばかりは田上さんみたいな勢いで文句が浮かんだ俺(口に出たのは最初の一言だけだったけど)は、しかしそのせいか、重要な部分を聞き流してしまっていた。
 少し間を置いてからそれに気付いた俺は、そこから更にもう少し間を置いてから、遊にこう尋ねた。
「一人で頑張りたかったって? 田上さんのお祝いの準備を?」
「実際には残念賞の方だったけどね」
 何でもなさそうに返事をしてみせる遊だった。まるで、俺が何を尋ねているのか分かっていないかのようだった。
 が、遊は俺のそんな想像を超えてくる。
「『今ここにいる自分は、自分だけで成り立ってるものじゃないんだから』」
 自分以外の口から聞かされると、なんとも耳が痒くなるような台詞だ――遊が口にしたその言葉は、かつて俺が遊に言って聞かせた言葉だった。俺を好きになり、それと同時に俺以外の全てを無価値と断じてしまった遊へ、最初にした説教だ。
 最初にして、最大の。
「何となくだけど、分かってきた気がするんだよね。最近」
 遊は笑みを浮かべ、しかしそこに明るさはない。
 それはそうだろう。そうやって気付けば気付くほど、成長すればするほどに、かつての自分の行いがどれほど愚かしいことだったか、遊は思い知ることになるのだから。
 自業自得といえばそれまでだ。誰がどう見たって、あの事件の全責任は遊にある。
 けれど、それでも俺は、そうして心を痛める遊に同調して気分を沈み込ませてしまう。
 そして、そうやって沈み込ませながらも、俺は引き続き遊に強いるのだ。辛い思いをするばかりの、成長という名の「価値観の塗り替え」を。
「俺を認めろ」と言いながら、「お前を認めない」と言い続けるのだ。自分の恋人に向かって。


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